2011年 「日米POW友好プログラム」


日本政府は、20111016日から1週間、7人の元米捕虜を日本に招聘しました。第2回日米POW友好プログラムの参加者は以下のとおりです。

             
ロバート・フォグラー オスカー・レオナード ハロルド・バ-グバウア- エド・フリース  ジェ-ムス・コ-リ ア  ハリー・コーリー    ラルフ・グリフィス


1017

ジョン・ルース駐日米大使訪問

ルース大使は「私には、捕虜として大変なご苦労をなさった頃の皆さんと同年代の、19歳の息子がいます。皆さんの祖国への貢献に感謝します。現在の良好な日米関係の基には皆さんの犠牲があったことを、決して忘れません。」と挨拶しました。

伊原純一外務省北米局長主催の昼食会

最近までロサンゼルス総領事だった伊原氏は、在米中の思い出を語りました。

玄葉光一郎外務大臣との面会


玄葉外務大臣は、「こうした機会を通じ、心の和解が促進されること願っています。悲惨な経験をされた皆さんの苦痛に対し、改めて心からおわび申し上げます。」と挨拶
しました。

彼はまた、昨年来日した元捕虜たちが、3月11日の災害被災者に送ったお見舞いの手紙に、感謝しました。 

ロバート・フォグラー氏は、日米の友好を確認する招聘プログラムを称えました。他の数人は、日本企業が政府を見習って謝罪し、交流プログラムに参加して欲しいという希望を述べました。

フォグラー氏は玄葉外務大臣に、記念のメダルを贈呈しました。

メダルの表には日米の国旗が描かれ、「Japanese/American POW Friendship Programと周りに刻まれています。裏面には、Hopes, Dreams, Freedom & Friendship, Finally Achievedと書かれています。

参加者全員が、日本人へのギフトとしてこの記念のメダルを持参しました。

バターン死の行進の生還者でADBC最後の会長だったレスター・テニー博士の友人である クレイ&ドロシー・パーキンス夫妻 (カリフォルニア州ランチョ・サンタフェ在住) の寄付により、メダルが製作されました。

メディアの報道
Japanese Foreign Minister Koichiro Genba greets former US POWs
元米兵捕虜に謝罪 「心の和解願う」-外相 (時事プレス、1017日)

齋藤勁内閣官房副長官との面会

斎藤氏は、昨年藤田幸久参議院議員が開いた元捕虜との交流会に出席したことを話し、招聘プログラムを意義深いものであると表明しました。

テンプル大学での講演会

Q&A セッションのビデオはこちら  With former US prisoners of war in Japan

1018-19

富山県高岡市訪問

ハロルド・バ-グバウア氏とジェ-ムス・コーリアは、1944年9月から終戦まで収容されていた名古屋6B能町収容所あった富山県高岡市を訪ねました。彼らは、強制労働を課した北海電化の後継会社である日本重化学工業の関係者から歓迎を受けました。



                                                  
開放されたばかりの高岡能町収容所の捕虜

       バ-グバウアー氏は列目の右から人目、コーリア氏は2列目の左端
 

日本重化学工業高岡事業所の鳥山隆志所長は、「もしよろしかったら、戦争中の私たちの先輩がどのようにお二人を扱ったのか、聞かせて頂けませんか。私たちも学びたいと思いますので」と二人に尋ねました。

その後のやりとりを、バーグバウアー氏に付き添った娘さんのデボラ・バーグバウアー・グランワルドさんは、次のように語りました。 

富山県高岡市の日本重化学工業の新世代の方々と、この二人の紳士、ジム・コーリア氏と私の父ハロルド・バ-グバウアーは、小さな机に顔を寄せ合い、図を描いたりしながら、1944年当時の歴史がどうであったのかを話し合いました。笑い合い、語り合い、交流している彼らの姿、そこには友情がありました。火曜日の午後、そこには安らぎがあったのです。その心の平和こそが、91歳の父を助け、今も助けています。このことを可能にして下さった日本政府に感謝したいと思います。       
                            10月21日、日本記者クラブで)


高橋正樹高岡市長訪問

高橋市長は、「高岡の歴史に、このような形で苦しまれた方がいたことを、私たちは伝えていかなければならないと思います。」と述べました。
 



捕虜問題を研究中の前川志津さん、コーリア氏の義理の息子ケビン・ラッド氏、徳留絹枝が同行

メディアの報道

          
           外務省の林藤彦氏がメディアからの取材の通訳を務めました。

元米兵捕虜:高岡の収容所跡、日本重化学工業を訪問 (毎日新聞、2011年1019日)
戦時中の元米国人捕虜2人 「懇談で憎しみの気持ち変わった」(朝日新聞20111019)
元米兵捕虜高岡市表敬「今後も友好」 (BBTスーパーニュース、2011年1019日)
 

 コーリア氏は捕虜だった頃、高岡市の自然の美しさに全く気付かなかったそうですが、今回の訪問を振り返り、以下のような感想を述べました。

「日本重化学工業の親切な方々に出会い、高岡の美しい景観を眺め、66年もの間、自分はこの町の本当の美しさを知る機会を奪われていたのだということに、初めて気付きました。私の心の中の高岡は、いつも暗くて憂鬱な場所でした。でも今回の旅で、その美しさに初めて感激することができたのです。」



福岡県
大牟田訪問

エド・フリースさんは1019日に大牟田市を訪問しました。19437月から約2年間、福岡第17収容所にて採炭の奴隷労働を強制されたところです。
 



福岡第17収容所 (写真提供:ロジャー・マンセル)

最初の石炭産業科学館では、大牟田市庁、教育委員会、そして地元に人びとが心こめて歓迎しました。ドキュメンタリ・フィルム製作者・熊谷博子監督が受賞作品で毎日、同館で上映される「三池 終わらない炭鉱(やま)の物語」英語版DVDをプレゼント。


                     
                    石炭産業科学館に到着したフリースさん


                                  

                         石炭産業科学館内で

フリースさんは記者たちに炭鉱労働の捕虜生活体験を語り、「大牟田空襲を記念する会」代表の諸岡研介さんは「過去の事実に基き戦争を二度と起こしてはならないという信念を互いに持ち続けたい」と述べ、握手しました。「皆さんに会えてとても嬉しい。多くの偏見を持っていたが今はすっかり消えました。」とフリースさんは語りました。


                              
                    
三川坑正門をあとにするフリース夫妻   
                                     

                        
         阿蘇山をバックに、伊吹由歌子さん、フリース夫妻、外務省の田彰氏

フリース氏が大牟田で受けた歓迎は、彼にとてもよい影響を与えました。ローレッタ夫人は帰国後、次のように書いてきました。「先週の月曜日、夫は退役軍人病院の主治医の検診を受けたのですが、医師は夫の日本に対する姿勢がすっかり変っているのに、驚いていました。」

メディアの報道

元米兵66年ぶり大牟田に 捕虜収容所の炭鉱で強制労働 (西日本新聞、2011年10月19日)
元米兵捕虜 労働逃げるため骨折/大牟田市 (朝日新聞、2011年10月20日)
元米兵捕虜66年ぶり大牟田訪問、炭鉱重労働消せぬ記憶 (読売新聞、2011年10月20日)
 

大森捕虜収容所跡地訪問

1019日、ロバート・フォグラー氏と義理の息子カイル・アンドリュー氏、オスカー・レオナード氏とメアリー・アイダ夫人、ラルフ・グリフィス氏とメアリー夫人は、大森捕虜収容所跡地を訪問しました。POW研究会の笹本妙子さんと田村佳子さんが同行しました。



平和観音の前で。かつてこの地に大森捕虜収容所があったことが説明されています。
 



大森捕虜収容所跡地を所有する(株)京急開発の佐藤昌弘社長(左端)


10
19-21

霊山観音(京都)訪問 

一行は、日本と日本の占領地で命を落とした4万8千人の連合国兵士の名簿を保管しているお寺を訪ねました。

            


立命館大学 国際平和ミュージアムでの交流会

一行は立命館大学国際平和ミュージアムで、市民グループと交流した後、日本の15年戦争の展示を見学しました。
 



京都のホテルのロビーで

1021

IC議連との交流会

東京に戻った一行は、IC議連 http://www.iofc.org/  の議員と交流しました。会は、レスター・テニー博士の長年の友人・支援者である藤田幸久財務副大臣が準備し、森山浩行衆議院議員が主催しました。元捕虜たちはそれぞれ体験を語り、今回の招聘に感謝しました。

日本記者クラブでの記者会見

会見は次のサイトで見ることができます: http://www.youtube.com/watch?v=1j4IzQl9tR8

お別れパーティ

加藤敏幸外務政務官の主催で行われました。

                 
         加藤政務官の挨拶                                                        藤田幸久財務副大臣

1022

英連邦戦争墓地訪問

一行は、横浜の英連邦戦争墓地に追悼されている48人のアメリカ人捕虜に、献花しました。彼らの多くは、「鴨緑丸」「江の浦丸」「ブラジル丸」での移送に生き延びたものの、門司に到着後すぐに亡くなった捕虜たちです。

  

市民との交流会

元捕虜・家族と交流する会」が主催して、「POW研究会」「捕虜:日米の対話」が後援して開かれました。POW研究会の西里扶甬子さんが、会の様子をインターネットで配信するアレンジをしました。  broadcast on the Internet.


           
レオナード氏とメアリーアイダ夫人    コーリー氏      グリフィス氏とメアリー夫人   内海愛子教授と西里扶甬子さん
 


 

メディアの報道
Former American POWs return to Japan to visit site of internment
 (Stars & Stripes, October, 20, 2011)    
日本語訳

POW camp survivor promotes reconciliation,  日本語訳
(Japan Times, Oct. 23, 2011)

この記事は、フォグラー氏と、収容所の看守だった岡田政雄氏と家族との友情に関するものです。

フォグラー氏は京都で、政雄氏の息子さん岡田政明さんと由美子夫人に再会しました。

Former POWs visit Japan (Yokota Airbase, Oct. 26, 2011)    日本語訳

103

一行は帰国の途に着きました。