2013年度 日本POW友好プログラム

日本政府は20131013日から9日間、4人の米元捕虜3人の捕虜未亡人を日本に招聘しました。第回 日本POW友好プログラムの参加者は以下のとおりです。

                           
  フィリップ・クーン、   ロバート・ヒーア、 アーウィン・ジョンソン、マービン・ロスランスキー、ローラ・カミンズ、 マージン・マクグルー、エスター・ジェニングス


1014

英連邦戦争墓地訪問


メモリアルホールの前で

米海軍第7艦隊従軍牧師のジョン・シモツ氏と並んで、POW研究会の田村佳子さんが、このメモリアルホールに48人の米捕虜の遺灰が納められていることを説明しました。彼らのほどんどは、「鴨緑丸」「江の浦丸」「ブラジル丸」での移送に生き延びたものの、門司に到着後すぐに亡くなった捕虜たちです。彼らの名前は、メモリアルホール内の壁に刻まれています。

                                 

1015

岸田文雄外務大臣との面会

岸田外務大臣は、一行が日本政府の招待を受けて来日したことに感謝しました。そして、第二次大戦中に彼らが日本軍捕虜として体験した非人道的な扱いと苦痛に、改めてお詫びの気持ちを表明しました。

一行を代表してロバート・ヒーア氏は、日本政府の招待に感謝しました。

彼は、1945年3月に北海道に移送される汽車の窓からみた東京大空襲直後の様子を外務大臣に語りました。そして、空襲がもたらした破壊の規模をアメリカ人捕虜が知ったのはずっと後年になってからだったと説明しました。彼は少年時代の友人で日系二世だったハロルド・ハラダ氏が、彼自身は米軍に従軍している間、両親が日系人収容所で亡くなったことを話しました。
 

ヒーア氏は、「戦時中に私たちの国のお互いがしたことについて、こうしてお互いが悲しみの気持ちを表せる機会を持てることに、感謝します。」と締めくくりました。
 

岸田外務大臣は、この訪問がさらなる和解を促進し、彼らの日本滞在が実り多いものとなることを願う、と発言しました。
ヒーア氏が、記念のコインを外務大臣に贈りました。

(このコインは、カリフォルニア州在住のクレイ&ドロシー・パーキンス夫妻からの寄付により製作されたものです。)

 富田浩司外務省北米局長主催の昼食会

                                       
日本記者クラブでの記者会見

記者会見の様子は次のサイトで見ることができます。米元捕虜・未亡人会見

テンプル大学での講演会

講演会の様子は次のサイトで見ることができます。 テンプル大学交流

10月16日

米大使館訪問

カート・トン臨時代理大使が一行を歓迎し、各人の捕虜体験と各未亡人の夫の思い出に耳を傾けました。


 

市民交流会

会は「元捕虜・家族と交流する会」が主催し、「POW研究会」と「捕虜:日米の対話」が協力して開催されました。参議院議員の藤田幸久氏が、歓迎の言葉をのべられました。

             

POW研究会はこの会のために、今回の参加者や夫が収容されていた捕虜収容所に関する詳細なメモを用意しました。
 

      赤平収容所亀田収容所 (ヒーア氏)    小坂収容所  (クーン氏)
      宮田収容所       (ジェニング氏)    向島収容所  (カミンズ氏)
      諏訪収容所           (マクグルー氏)    善通寺収容所 (ロスランスキー氏)

石原宏高外務大臣政務官主催のレセプション

石原政務官は一行を歓迎し、ひとりひとりに記念品を手渡しました。フィリップ・クーン氏の息子マイケルさんは、マスコギ・クリーク族インディアンの記念のショールを石原政務官に贈りました。フィリップ氏は、純粋のマスコギ・インディアンです。

      
   
ヒーア氏と握手する石原政務官、   マイケル・クーン氏 とショールを見せる石原政務官

            
10月17日-18日

善通寺捕虜収容所跡地訪問

10月17日、ロスランスキー氏とジョーゼフィン夫人、カミングさんと娘のブレンダさんは、善通寺収容所跡地を訪ねました。訪問は、「香川近代史研究会」会員の森広幸氏がアレンジし、外務省の羽田麻里子さんが同行しました。

                  
善通寺捕虜収容所で死んだ捕虜のために地域の有志が1947年に建てた墓に花を捧げたロスランスキー氏夫妻             解放時の写真 (下) に写った自分を指差す


                                        解放された善通寺捕虜

向島捕虜収容所跡地訪問

10月18日、彼らは向島捕虜収容所跡地を訪問しました。訪問は、福山市に住む「POW研究会」会員の小林晧志氏がアレンジしました

 カミンズさんとブレンダさんは、向島収容所で亡くなった唯一人の米捕虜であるジョージ・スコット氏を追悼して建設されたメモリアルプレートに、敬意を表しました。(碑文) プレートは、向島捕虜収容所にいた捕虜の歴史を記憶する活動をしている有志によってこの春、建設・序幕されたものです。(建設までの詳細

              
  フェロン・カミンズ氏 ジョージ・スコット氏の収容所での写真

 
尾道市副市長の郷力和晴氏、尾道市市会議員(元向島町町長)の杉原孝一郎氏、
尾道市向島支所長の和田明美氏などが一行を歓迎しました。

一行は尾道市立中央小学校を訪問し、宇根本久志校長と全校児童からの歓迎を受けました。



全校児童による歌の歓迎

児童を代表して、いくたななみさんが歓迎の挨拶をしましたが、一行は英語訳を見ながらそれを聞きました。

Welcome to Japan!

We are Mukaishima Chuo elementary school students.
Thanks for coming all the way from America today.
We were looking forward to meeting you.

Now we are studying about WWII in the history class.
We really want to understand the history, the war and peace,
to keep our world peace forever.

We, the 412 students, are going to sing a song for you.
The title is “For Our Future”. 
We really want to keep good relationship between America and Japan.

Have a safe trip back home. Take care.
 

ロスランスキーさんもカミンズさんも、人々が、自分たちの住む町にかつて収容された捕虜たちを記憶しようと努力していることに、感謝の意を表しました。           
                                         (徳留絹枝による報告)
                                                                
新聞記事

元米兵捕虜 収容所跡を訪問善通寺  「日本人の優しさふれた」
読売新聞 10月18日
元米兵と遺族 向島の捕虜収容所跡訪問 
読売新聞 10月19日

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函館訪問
ロバート・ヒーアさん夫妻、未亡人マージーン・マッグルーさんと子息スティーヴさん

             

函館捕虜収容所第2派遣所跡地。案内した郷土史家・浅利正俊さんとロバート・ヒーアさん。ミンダナオで捕虜となり比島、台湾を経て19453月、日本へ移送されたが、江本中佐在任中(1944 3月〜19455月)の亀田は彼の体験した8つの収容所中、最も良かった。(星条旗新聞記事)江本が亀田へ来てスピーチ、日米関係は非常に重要だ、日本を憎まないでほしいと述べたのを覚えている。

収容所から1キロ半ほど歩き有川桟橋で、平たい大きな石炭シャベルで塩、魚などを降ろし、石炭を積み込んだ。鮭を焚き火で焼いて食べたこともある。魚の缶詰だと罰を覚悟でズボンの裾に入れたが、見逃す看守も多かった。

永全寺・前住職・永大師は鎖に繋がれて歩く捕虜たちを見ており、息子の斎藤隆明現住職が本所建物のひとつを境内に移築、礼拝堂とし、内部に2000年、捕虜慰霊碑を建立した。浅利氏の依頼に英国大使館が協力し判明した死亡英国人捕虜の氏名が刻んである。斎藤章子・前住職未亡人が一行を歓待。


永全寺・礼拝堂内でヒーアさん、カレン夫人、外務省・川崎将寛さん、斎藤章子未亡人
 

194212月開設の函館捕虜収容所本所には広大な敷地で海を見晴らす函館検疫所があてられた。現在は道路に分断され建物が一棟だけ残り一時、ティー・ハウスとなっていたが今は閉じられたまま。「近代日本建設の犠牲となった捕虜たちの記念碑を本所跡に建てたい」と資料を見せる浅利さん


称名寺には「函館空襲を記録する会」(浅利正俊会長)が建立した
1945年7月14,15日の函館空襲日本人犠牲者の碑に接して、この作戦で命を落とした米兵士の碑がある。浅利氏の依頼が米留学する藤島明子神学生(特攻隊未亡人)に仲介され、セント・ルイスのカトリック教会スーレン司教らの尽力で米兵氏名、及び基金が寄せられ、1989年クリスマスに宮前教会の神父により除幕式を挙行した。墓参にきた地元女性はインタビューされるヒーアさんについて説明を受け、ヒーア夫妻の元へ来て言葉を交わし涙しつつ握手した。

       


永全寺に移された函館捕虜収容所の建物の前で

                                       (伊吹由歌子による報告)
新聞記事

米国人元捕虜、函館で「交流」  北海道新聞 10月17日
「生きて帰る」 あの思い再び   朝日新聞    10月18日
ヒーアさん来函 戦災者を悼む  函館新聞
   10月19日
 

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小坂訪問

フィリップ・クーン氏と息子のマイケルさん、アーウィン・ジョンソン氏とアン夫人、そしてエスター・ジェニングスさんは、小坂捕虜収容所跡地を訪ねました。


クーン氏とジョンソン氏  小坂鉱山事務所の前で
(建物は
国重要文化財に指定されています。)


小坂町役場課長補佐の木村則彦氏、小坂観光産業課長近藤氏、
小坂町社会福祉協議会会長・元小坂町助役の工藤氏、外務省の若杉友紀氏、高橋
楽館長と

                 
     
ジェニングさんと高橋氏              細越小坂町長に記念の盾を贈るクーン氏

                                                                                                           (写真提供:若杉友紀氏)

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10月19日-20日

一行は全員で京都を訪れました。
 

     
               霊前観音で

この寺のメモリアルホールには、日本と日本の占領地で命を落とした4万8千人の連合国兵士の名簿が保管されています。一行は、この名簿を研究している徳島文理大学のデビッド・モートン教授から、説明を受けました。

一行は、立命館大学国際平和ミュージアムも訪ねました。
 



Thank you for visiting Japan!


* NHK 国際ニュース (10月24日放映)


* 
米軍元捕虜の訪日継続 外相が意欲 朝日新聞

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クーン氏に関する帰国後の記事
    WWII prisoner of war receives overdue honors
    
70 years later, WWII POW gets his well-earned medals

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 これまでの元米捕虜訪日報告もご覧下さい。 2010年、 2011年、 2012年