ワシントン州に住む高校2年生アンソニー・ゼンデヤス君は、「民主主義の声」エッセイコンテストに応募し、2位になりました。彼は向こう2年間、元捕虜の闘いへの理解促進のための彼の活動に関し、さらなるエッセイを書くよう招待されました。以下は、彼の受賞エッセイです。


米退役軍人を敬う僕の役割:真に犠牲的行為の現実を描く

アンソニー・ゼンデヤス

この2年あまり、僕は第2次大戦太平洋戦争の捕虜について学ぶ歴史の旅に乗り出している。24人の元捕虜たちに面会し100を超える情報を収集した。このインタビューをもとに僕は10分間の一人芝居を書き、日本軍に捕らわれた捕虜たちの生命をかけた迫真の闘いを描いた。この劇は高校2年のときの「歴史の日」プロジェクトのために書いた。それ以来、僕の劇は日本語にも翻訳され、「捕虜:日米の対話」という2ヶ国語ウェブサイトによって日本でも紹介されている。「バターン・コレヒドール防衛アメリカ軍の会」では昨年4月、首都ワシントンで開催された年次会で公演するよう僕を招いてくれた。各学校、教会や地域が行う「退役軍人の日」、「追悼の日」の催しで公演し、僕は彼らにかかわる記憶を生きたものとしている。犠牲の事実をリアルに観せることで僕は観客を自分と一緒に過去へ引き戻す。これは彼らの体験、バターンとコレヒドールで戦った兵士たちの物語である。

194249日、エドワード・キング将軍はバターンを降伏させる。7万人が日本軍の捕虜となった。見渡す限り道路は彼らで埋め尽くされた。自然界にも異常がおきている。鳥たちの鳴き声がしない。彼らは周囲の悪臭にみちた空気に溢れる悲しみを知っているようだ。道端の血だまりのなかに横たわる死体たちの傍らで犬どもが脅すように吠える。吐き気をもよおす恐怖、そして腐敗した人肉のにおいに惹かれ、ハエどもが時おり突進する。歩く骸骨たちのようなやつれた顔からは汗の玉が滴り落ちる。歩き続けるよう皆は強制される、歩かなければ死ぬのだ。無理やり70マイルの行進を歩かされた者たちはようやくほんとうの食べ物を待っている。捕虜マルコルム・エイモスは穀ゾウムシとカビがいっぱい付着したおにぎりを食べた。彼は言った「食べねばならなかった、でないと餓死したろう。隣にいた奴は食べたがらなかった。彼はいまどこか知ってるかい?あそこの墓に葬られているんだ。」ボブ・ブラウンは死の行進のとき17歳だった。彼は満州・奉天の強制労働収容所で衛生兵、また通訳として3年を過ごした。ジョセフ・アレグザンダーは捕虜になったとき15歳だった。これらの人たちに出会ったとき、僕は15歳だった。いま僕は考える、自分だったら生き延びられただろうか? 

シェークスピアは書いている「卑怯者は死ぬ前に何度も死ぬが、勇敢な者たちはただ一度しか死を味わうことはない。」僕の会った勇敢なひとたちが打ち立てた基準、そこに到達する生き方ができるよう願うばかりだ。僕の活動を彼らの栄誉のために捧げる。彼らのために公演したときの皆のまなざしを僕は覚えている。彼らと、そしてその家族たちと話をしたから、自分の演じることは僕には事実なのだ。彼らの声に悲痛な響きを聞きとり、破れとフラストレーションを感じとり、生存のための闘いを再び話す彼らの苦痛をともなう語りに耳を傾けた。僕は彼らの勇気の証人だ。

僕たちは自由をしばしば当たり前ととる世界に生きている。朝の陽に消えさるもやのように、本物の勇気と犠牲が色あせる世のなかに。この潮流に対抗し自分の会った退役した兵士たちから学んだことを僕の仲間たちに伝えるのが、僕の目標だ。退役軍人に会うとき、僕はかならず「ご奉仕を感謝します」と言うことにしている。彼らの目をまっすぐ見て、握手し、彼らがしてくれたことに僕が心から感謝していることを知らせる。

芝居をすると他の戦争の体験を聞く機会も与えられる。僕は過去のヴェールがはがれて取り去られるのを待つ、すると突然彼らがそこに戻っているのだ。たこつぼの中に、降下するまで詰め込まれていたC-41輸送機に、腰まである雪のなかに、勇敢な米軍看護婦に手当てされながらバターンのジャングルに、マラリア、赤痢、デング熱にかかり捕虜収容所で、ヘルシップ(日本軍捕虜輸送船)でひとしずくの水を飲みたいと乾きながら。彼らの物語をとおし僕は彼らがいた所へ行った。バタアン、コレヒドール、パラワン、レイテ湾、硫黄島、ノルマンディ、ハノイ、ポークチョップ・ヒル、そして釜山、これらすべて皆僕には、とても大事なところだ。

僕たちの退役軍人たちが想像もつかない苦痛、悲しみ、死、病気、怒り、恐れそして寂しさに直面したときの体験を、僕の仲間たちが理解しはじめるよう、手伝いたい。僕のなかにあるすべてを注ぎ出せたら、心のなかにあるすべてを、僕の感謝の念をみせるために出せたらと願う。

時には感情に押し流され、僕は泣く。学生のひとりが、捕虜たちにどんなことが起こったかこれまで知らなかったと言いにくると、周囲の世界を変えていると分かる。この話に命を吹きこんでくれて有難うと先生たちが言ってくれるのは光栄だ。僕の会った捕虜たちは彼らがアメリカのためにしたこと、彼らが体験したことを未来の世代が覚えていてくれるよう望んでいる。僕はリサーチと退役兵たちのインタビューを続け、彼らの物語に命を与えつづける。これがアメリカの退役兵たちを敬う、僕の目標であり役目なのだ。
 



アンソニーと両親

 
日本軍捕虜の体験を描いたアンソニーの一人芝居