元捕虜ロバート(ボブ) ・ブラウン氏の奉天収容所跡地訪問

徳留絹枝

ロバート・ブラウン退役空軍最上級曹長は、1942年11月から1945年8月まで約1,500人の米兵捕虜仲間と共に、奉天捕虜収容所に収容されていました。今回私は、彼がその収容所跡地を再訪する旅に付き添うという、光栄に浴しました。これはボブにとって、戦後初めての奉天(現瀋陽)への旅でした。以下は、旅のハイライトをまとめたものです。

2005年2月21日
東京着

2月22日
奉天の捕虜収容所で、ボブがその下で働いた軍医故大気寿郎氏のご家族を訪ねました。ボブは50年代の終わりに、捕虜時代に親切にしてくれた大気軍医にお礼を言うため、彼を訪ねたことがあります。今回は大気夫人、三人のお子さん、そしてその他の家族の方々が、大変暖かくボブを歓迎してくれました。

 

 


                           大気家のご家族(そして大気軍医の遺影)と

2月23日
民主党の藤田幸久・石毛えいこ両衆議院議員を訪問しました。お二人は、ボブのバターン死の行進や奉天収容所での捕虜体験に、耳を傾けられました。


藤田幸久衆議院議員と
                           石毛えいこ衆議院議員と


ボブはこの後、シベリア抑留者のグループと交流する機会に恵まれました。(終戦時満州にいた約60万人の日本兵がソ連軍によってシベリアやソ連内の各地に抑留され、厳しい環境下で3-5年の強制労働に就かされました。約6万人が生還できませんでした。)ボブは、自己紹介と自分の捕虜体験を日本語で話しました。グループのメンバーも、それぞれの抑留体験を話されました。ボブはこれらの元日本兵の苦労を思い、仲間意識を感じたそうです。またグループの中に、終戦当時奉天にいた方が数人いて、かれらもアメリカ軍の諜報部隊員がパラシュートで飛び降りたのを目撃したと聞いて、大変感慨深いということでした。

                                                                シベリア抑留者グループと

その日の夜は、POW研究会のメンバーがボブのために歓迎夕食会を開いてくれました。

2月24日
午後瀋陽到着。ボブと私は、デビッド・コーンブルス在瀋陽米国総領事公邸での夕食に招待されました。コーンブルス総領事ご夫妻と領事館スタッフは、ボブが持参した捕虜時代の珍しい写真や資料のスクラップブックに興味深く見入っていました。また翌日は、小河内在瀋陽日本総領事にもお目にかかり、ボブが奉天収容所での体験を話しました。


    コーンブルス総領事と                                             小河内総領事と


2月25日
ボブが60年前に働いていた病院の一部がまだ残っている捕虜収容所跡地を訪問しました。地元の歴史家で奉天収容所の歴史をこの10年間研究しているというヤン・ジン氏に、ガイドをしてもらいました。6-7人の新聞記者とTV取材班がずっと私たちと一緒でした。ボブは「昔のことが次から次と甦ってきた」そうです。

1942年11月にアメリカ兵捕虜が奉天に到着して最初に入れられた収容所は暖房もない劣悪な環境で、最初の冬で200人以上の捕虜が死亡しました。脱走して捕まった3人の捕虜は、処刑されました。真珠湾攻撃から3周年の1944年12月7日にはB-29の爆撃があり、19人の捕虜(米捕虜18人・英国捕虜1人)が死亡し、54人が負傷しました。衛生兵だったボブは、40時間ぶっとおしで負傷者の手当てにあたったそうです。


 

 

 

 

                               
ビデオ・クリップ
 

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             収容所病院の建物の前で


2月26日
この日は、瀋陽市内にある「
9-18歴史博物館」を訪問しました。ここには、日本による満州侵略と占領の歴史が展示されています。

2月27日
瀋陽を発つ朝、ボブは中国の新聞記者から最後のインタビューを受けました。

2月28日
東京からアメリカへ。今回の旅を終えてのボブの感想は「生涯忘れられない旅となった。本当に来てよかった。今の日本人には何の恨みも抱いていないけど、僕たちに起こったことは忘れないで欲しい。」というものでした。

新しい友人
私たちの瀋陽滞在は、地元の歴史家でガイドを務めてくれたヤン・ジン氏の協力で、大変充実したものになりました。彼は今進んでいる奉天捕虜収容所保存プロジェクトの一員でもあります。私は取材を受けた中国の報道関係者に「今回こうして、日本人の私と中国人のヤンさんが、アメリカ人元捕虜のブラウンさんの旅を助けていることを、共有する歴史を記憶し、そこから学ぶために、私たちみんなが一緒に働けるということの例として見て欲しい」とお願いしました。



                                                                                 ヤン氏と

メディア取材
ボブの瀋陽訪問は、中国の新聞3紙の一面で紹介され、また朝のTVニュースでも放映されました。日本では『朝日新聞』にボブの紹介記事が出ました。

 
Liaoshen Evening News                                Times Economic Daily


   
China Business Morning View                                      朝日新聞  


最後に...
今回の旅を私に計画させてくれ、歴史を共に学ぶことで、さまざまなバックグランドを持つ私たちがより親しい友人になれることを教えてくれたボブに、心からの感謝をささげます。


1945年8月解放数日後のブラウン一等兵
 

* ロバート・ブラウン氏は2008年10月15日に逝去しました。