当ウエブサイト役員クレイ・パーキンス氏が、原爆本の嘘を暴く

徳留絹枝


今年1月に出版されたチャールズ・ペレグリノ著 “The Last Train From Hiroshima” は、当初よい評判を得ていました。タイタニック(1997)やアヴァーター(2009)などのヒット映画を製作したジェームズ・キャメロン監督が映画権を取得し、この本を基に広島と長崎への原爆投下に関する映画の計画を発表していました。

先月になり、原爆投下に参加した退役軍人とその家族で作る「509混成部隊の会」の会員が、この本の信憑性に疑問を投げかけました。彼らはプレスリリースで、幾つかの疑問点を提示しましたが、その一つは、ペレグリノがその発言を引用した、エノラゲイ(広島原爆投下機)のエスコート機のフライトエンジニアであったと言う人物が、実際には原爆投下に参加していなかった、という点でした。ニューヨーク・タイムズはこのプレスリリースを基に、2月20日付けで、大きな記事を掲載しました。記事の中で、ペレグリノは「たぶん騙されのだろう」と告白しています。

Doubts Raised on Book’s Tale of Atom Bomb (ニューヨークタイムズ記事)

この本の出版元であるHenry Holt& Company 、問題が指摘された当初、改定版で訂正をすると発表しましたが、その後出版そのものを中止すること を決定しました。 キャメロン監督は、今でも原爆投下に関する映画を製作することに関心を持っていると、伝えられています。

このエピソードは直接捕虜問題とは関係がありませんが、私達のウエブサイトの役員の一人であるクレイ・パーキンス氏が、この問題に深く関わりました。

パーキンス氏は、509混成部隊の会(彼はその名誉会員)のプレスリリースを書いた三人の一人でした。他の二人は、ワシントンのNatural Resources Defense Councilの上級研究者で、Racing for the Bomb: General Leslie R. Groves, the Manhattan Project’s Indispensable Man (Steerforth Press, 2002) など多数の著書や論文の著者である Robert "Stan Norris 氏と Atom Bombs, the Top Secret Inside Story of Little Boy and Fat Manの著者である John Coster-Mullen 氏でした。 Robert Krause氏は、会員の退役軍人を良く知っているので、コンタクト者となりました。

プレスリリースは以下で読めます。
ATOMIC VETERANS INCENSED OVER FALSE CLAIMS IN NEW BOOK

ペレグリノは本の中で、ポール・チベッツが以下のような発言をしたと、書いています。

「プライベートの場で友人達は、チベッツが時々広島上空で見たことを思い出して恐怖に苛まれている、と報告した。」

「チベッツは、広島と他の地域への大規模空爆の後で、日本は壊滅状態で降伏に近い状態であったから、長崎原爆は、価値がなかったとまでは言えないとしても、余剰なものであり、最初から投下される必要はなかった、という彼の信念を表明した。」

チベッツの生涯の友人であった人物も含め、509混成部隊の会のメンバーは、チベッツがこれらの発言をした可能性は全く無いと否定しています。

なぜペレグリノは、これらの発言を自著に入れなければならないと感じたのでしょう。彼は、これらの発言が誰を喜ばすと考えたのでしょう。彼は、それが真実でなくても日本人がこのような発言を聞きたがると、考えたのでしょうか。私達は、どんなに辛い真実であってもそれを知る資格を持っていないのでしょうか。

パーキンス氏と私は、共通の友人で、長崎原爆投下の責任者であった故フレデリック・アシュワース提督の紹介で出会いました。彼はマンハッタン計画では、軍需部長だったウィリアム”ディーク”・パーソンズ氏の下で働いていました。当時少佐だったアシュワース提督は、テニアンでは最終テストと爆弾組み立ての担当将校でした。

パーキンス氏と私は、提督の誠実さと真摯な人格を深く尊敬していました。被爆者に心からの同情を示しながらも、できるだけ早く戦争を終結するために原爆は必要であったと、私に言いました。

2005年に逝去したアッシュワース提督の死亡記事
 

原爆投下に関して、人々はいろいろな意見をもってよいと思いますが、間違った情報を基に議論すべきではありません。

原爆の歴史についてはこれからも多くの論争があり、現在世界が保有する核兵器に関する議論も盛んになるでしょう。でも私達は過去に正直に向かい合い、当時を生きた人々の声に耳を傾けることから始めなければならないと思います。

今多くの日本人が、オバマ大統領が広島と長崎を訪問することを望んでいます。でも日本人は 、日本に連れて来られて日本企業に奴隷のように使われた3万人以上の捕虜達がどのような目に遭ったのか、知ろうとしたことはあったでしょうか。彼らへの虐待は、原爆投下前に起こったのです。日本の地で死んだ3千人以上の捕虜のためにたった一つの追悼碑さえ政府は建てておらず、一社の企業さえ捕虜に謝罪しようとしない状態で、どうしてオバマ大統領を広島と長崎に呼べるのでしょう。

このウエブサイトは、パーキンス氏とその夫人ドロシーさんからの支援を受けて運営してきました。東京代表の伊吹由歌子さんと友人が、レスター・テニー博士の捕虜回想記 『My Hitch in Hell』を日本語に訳した時 (「バターン:遠い道のりのさきに」梨の木舎)、パーキンス夫妻は200冊を購入し、私達がそれを国会議員に寄贈できるようにしてくれました。私はその一冊一冊に、パーキンス氏からの以下のメッセージを添えました。

あの大戦が終わって57年の年月が流れました。日本と米国は、憎しみ合う敵国から最上の友好国となったのです。私はその新しい精神に沿い、友人として皆さまに語り掛けたいと思います。私は、共通の歴史を共有することで、私たちが人間としてより近づき合えることを願います。

テニ-博士を友人と呼べることは、私の誇りです。過去のつらい体験にも拘わらず、彼は日本や日本人に悪感情はもっていません。私は、皆さまもこの著書の中に、人間愛に寄せるテニー博士のやさしい信念を見出してくれることを、願っています。


ペレグリノのような作家ではなく、パーキンス氏のような人物こそ、日本人が第二次大戦中の出来事を理解することと、日米の間に対話を促すことを助けてくれているのだと思います。
                                                                                                                           



パーキンス氏、徳留、テニー博士