声を挙げる勇気
徳留絹枝

12年前の今日、2001年12月24日、故アイリス・チャン氏は、「ホワイトハウスに裏切られて」というタイトルの意見記事をニューヨーク・タイムスに発表しました。それは、元日本軍捕虜米兵に、奴隷労働を課された日本企業への申し立てに関して法廷で争う機会を与えようとした米議会に、ブッシュ政権が介入したことを厳しく非難するものでした。 

米議会は先月、予算法案付帯の修正として、元捕虜が日本人や企業を相手取って起こした民事訴訟に、連邦政府機関が反対することを禁じる条項を、圧倒的多数で可決した。 ホワイトハウスは、上下両院協議委員会でその条項を削除させることに成功した。ブッシュ政権は、テロとの戦いで国際社会から支援を得るのに、それが邪魔になるかもしれないと恐れたのだ。

9-11連続テロ事件が起きる前日の2001年9月10日、米議会上院は、商務省・司法省・国務省・他の機関の次年度予算への付帯修正条項を通過させました。それは、それらの省が捕虜強制労働訴訟に反対する文書を裁判所に提出したり、訴訟の聴聞会で元捕虜の主張に反論するために省内の弁護士を派遣したりすること (司法省と国務省は、訴訟の当事者でないにも拘らず既にこれらの行為をしていた)を禁じる内容でした。
(修正条項可決までの上院の白熱した議論

同内容の修正条項は既に下院で可決されていました。しかし、予算法案がブッシュ大統領により署名された時、その修正条項は忽然と消えていました。上下両院を通過した修正案がこのように削除されるのは極めて稀なことです。チャン氏は書いています。

自国の退役軍人に対して法的戦いを挑むブッシュ政権の決断は、近視眼的であり、道義的にも支持できるものではない。テロリズムとの長い戦いのためには、自国とその大統領が自分たちを支援してくれていると信じる兵士たちが必要なのだ。米国民は、かつての敵国にテロとの戦いへの参加を懇願するため、前世代の兵士の利益を今犠牲にしようとする政府を、恥ずべきである。

ワシントンの指導者に、自由を守る戦争のために多くを捧げた男たちを売り飛ばすことを、許してはならない。そうしなければ、真珠湾攻撃と9-11だけでなく、この不正義な裏切りもまた屈辱の歴史として記憶されていくだろう。 再び 偉大な世代を産み出すために、我々は最初の 偉大な世代の権利を正当に認めなければならない。

1997年に出版された彼女の著書 『ザ・レイプ・オブ・ナンキン』 は、米国内ではベストセラーになり高い評価を得ましたが、多くの日本人から激しい攻撃を受けました。 その中には、「エラーに満ち、偏った、一方的視点の著書」と批判した、当時の斉藤邦彦駐米大使も含まれていました。

私は当時、アイリスへの包括的インタビュー記事を書いた唯一の日本人ライターでした。私はその記事が、「不正義に対して発言することを恐れない勇気ある女性」 というアイリスの真の姿を日本人に伝えるのに役立ったと信じており、今でも誇りに思っています。

12年の歳月を経て彼女の記事を改めて読み返してみると、当時33歳だった彼女が、強力な権力者にさえ挑戦する勇気をいったいどこから得ていたのだろうと、思わずにはいられません。実際、彼女がこの記事を書く数ヶ月前には、ウォルター・モンデール、トーマス・フォーリー、マイケル・アマコーストの3人の元駐日大使が共同執筆で、「米議会の元捕虜支援は、重要な同盟国である日本との関係を弱体化させる。それは、我々の安全保障に深刻でネガティブな影響を及ぼすであろう。」と論じる意見記事を、ワシントン・ポストに掲載していたのです。

元駐日大使たちは、「大統領と彼の政権が、テロと戦うための同盟を構築しようと必死の時」に日本軍元捕虜を支援しようとする議会を非難するにあたり、9-11後のアメリカ国内のムードに訴えたのでした。

2009年の藤崎一郎駐米大使の捕虜への直接の謝罪 (それもまた偉大な勇気ある行動でした)と、その後開始された外務省主催の「日本・米捕虜友好プログラム」(2010201120122013) の成功を見るとき、時代の審判に勝ち残るのはアイリスの記事であろうと思わずにはいられません。

2004年、彼女は自らの命を断ちました。 次の本のテーマであるバターン死の行進に関して、リサーチをしていたそうです。私は彼女を思い出すとき、その悲劇的な最期ではなく、短くても輝いていた作家・活動家のキャリアを通して彼女が示した、素晴らしい勇気を思うことにしています。

アイリスと同じように不正義を決して見逃せない友人に、世界的ユダヤ系人権擁護団体サイモン・ウィーゼンタール・センター副所長のエブラハム・クーパー師がいます。 彼は数年前、日本軍捕虜米兵の悲劇の歴史の最後の未解決問題に、取り組もうとしました。


故アイリス・チャン氏、徳留絹枝、エブラハム・クーパー師  (1998年)

彼は、カリフォルニア州議会が、高速鉄道プロジェクトに入札しようとする企業に第二次大戦中の彼らの歴史を公開することを求める法案を可決したこと、入札予定企業に米捕虜に奴隷労働を課した日本企業も含まれていることを聞いたとき、声を挙げたのです。彼は以下のような声明を発表しました。

2010年8月27日

 ウィーゼンタール・センター
日本企業は、欧州企業が要求された同様の基準を満たさなければならない

サイモン・ウィーゼンタール・センターは、カリフォルニア州議会が、州の高速鉄道プロジェクトに入札しようとする企業が、第二次大戦中にナチスの絶滅収容所・労働収容所・強制収容所・捕虜収容所或いは同様の収容所への拘束者移送に直接関わった事実を開示することを求める法案AB6199(ホロコースト生還者責任法) を通過させたことを、賞賛する。

ホロコーストにおいてユダヤ人のナチスの絶滅収容所への移送に直接関わったフランスの鉄道会社SNCFの入札を予想して書かれたこの法案を支援しつつも、ウィーゼンタール・センター副所長のエブラハム・クーパー師は、カリフォルニア州民が、日本企業が同様の開示をすることを期待するであろうと、強調した。プロジェクトへの入札は、日立・川崎・日本車両などを含む日本企業連合も参加することが予想されている。「これら日本の大企業は、第二次大戦中に米捕虜を奴隷労働として使い、1千人以上の米捕虜が強制労働者として移送された日本で、悲劇的な死を遂げた。」と彼は言う。「私達は、これらの企業が、彼らの企業のそして彼らの国のその歴史を公に明らかにして認めること、そしてその恐怖を生き延び今は年老いた少数の元兵士達に直接謝罪することを、強く要請する。」とクーパー師は付け加えた。

クーパー師はその後、高速鉄道プロジェクトが計画されている二つの地域の新聞、Orlando Sentinel San Jose Mercury に、同じメッセージを伝える意見記事を書き、「日本企業は、第二次大戦時の奴隷労働に関する訴訟を心配する必要はもう無い。 だが彼らに、元捕虜と握手し敬意あるお辞儀をして欲しいと頼むのは、あんまりだろうか?」と訴えました。彼はまた、元捕虜レスター・テニー博士とアーノルド・シュワルツェネッガー知事との面談を、アレンジしました。


クーパー師がアレンジしたシュワルツェネッガー知事との面談

声を挙げて発言するのは、簡単なことではありません。私たちは皆、何もしないでいるのが一番楽なことを知っています。  しかし、アイリスやクーパー師のような人々は私たちを励まし、そして不正義を見たときは声を挙げたい、と願わせます。 私たちは、正しいことをする勇気が自分たちの中にもあるのだと、信じなければならないと思います。

* 日本企業の責任に関するエッセイ