捕虜収容所のサテライト画像
ジョン・ルイス ルイス氏のエッセイ

なぜこのプロジェクトに取り組もうと思われたのですか。

昨年の夏に家族が集まったとき、2人の甥が「Google Earth」のプログラムを使って、それぞれの家族の家のサテライト画像を見る方法を教えてくれました。その素晴らしさを見た私はすぐ、全ての日本軍捕虜収容所の所在地を調べ、人々が収容所の名前と実際の所在地を結びつけることができるように、私のウエブサイトに情報を掲載することを思いついたのです。

それで早速、日本軍捕虜収容所の位置の一覧表の作成にとりかかったのです。それまで私が幸運にも出会ったリサーチャー仲間に、助けを求めました。私は、これががとても大きいプロジェクトになり、大勢の人々からの助けが必要になるであろうことを知っていました。きっとこれからも、「進行中のプロジェクト」であり続けるだろうと思っています。なぜかというと、多くの情報は入手するのが困難だからです。残念なことに、将来も永久に知りえないこともあるでしょう。

あなたのように、日本軍の捕虜として亡くなったお父さまを持つ方にとって、お父さまが収容されていた場所を知ることは、どれほど大事なことなのでしょう。

ご存知のように、私は2006年の1月 フィリピン「ヘルシップ慰霊ツアー」で、父が捕虜として収容されていた多くの場所を見ることができました。そうではあっても、それらの場所のサテライト画像を見たり、他の家族も見られるように情報を提供できるのは、とても嬉しいことです。

きれいに見えるサテライト画像を、いくつか教えて頂けますか。

ダバオ更正園収容所の画像はよく見えます。(Google Earthに)位置指標を入れると、TVの画面のようにコンピューターのスクリーンに地球が現れ、焦点が絞られていってダバオ更正園がくっきりと現れます。東側に何キロかスクロールすると、捕虜が米の生産に従事させれれていた畑、南にスクロールすると捕虜が到着しその後出発したラサング木材船着場が見えます。マニラの第7埠頭(ミリオンダラー埠頭)と旧ビリビッド刑務所も、よく見えます。

      
              1945年のビリビッド刑務所               現在のビリビッド刑務所のサテライト画像

画像がぼんやりとしか見えない場合もありますが、それでも少しフォーカスを遠ざけると、近くの湖とか山々などの地形そして町など、捕虜収容所があった場所を見つけるのに役立つ特徴を見ることができます。「Google Earth」は、時々画像を更新していますので、よりよい画像が出ているか、折に触れてチェックしてみることを進めます。

今私たちが、これらの場所が持つ深い意味を次の世代に伝える努力をしなければ、捕虜の歴史は忘れられてしまうと、心配なさいますか

その重要な問題について、デユエイン・ハイジンガーと私は何度も話し合ったものです。 2000年に会ってすぐ、私たちは、捕虜の子供(孫)たちが捕虜だった父(祖父)や家族に関する可能な限りの資料を集め、それらの発見を恒久的な形で記録し、次の世代に手渡していくことの重要さを訴えていこうと、誓い合いました。あなたが言われたように、私たちの世代がそれをしなかったら、多くの情報は永久に失われてしまうでしょう。

最後に、このプロジェクトのためにデータを提供してくれた多くの人々や、これから提供してくれるであろう人々に、感謝したいと思います。ウェス・インヤード氏と伊吹由歌子さんが提供してくれた大量の情報によって、日本国内にあった全ての捕虜収容所の場所とその地図上の位置のリストが完成しました。ジム・エリクソン氏は、地獄船が沈められた地点など多くの正確な情報を提供してくれました。フレッド・バルデサー氏、徳留絹枝さんとエーオー・ワング氏は、満州にあった収容所に関して瀋陽の人々を紹介してくれ、それらの収容所のより正確な場所がわかりました。マイケル・ハースト氏は、台湾にあった捕虜収容所のリストを提供してくれ、今後はその所在地について助けてくれることになっています。これはまさに、みんなの努力によるグループプロジェクトなのです。
 

      
   
 1945年の川崎捕虜収容所 航空写真            同じ地域の現在のサテライト画像

      
    戦争中の大牟田(三井炭鉱)捕虜収容所              大牟田の現在のサテライト画像      


ジョン・ルイス氏が作成した「Google Earth」用位置指標一覧表
http://www.west-point.org/family/japanese-pow/POW%20Sites.htm