真実を客観的に、思いやりこめて告げる

グレゴリー・ハドリー
Field of Spears: The Last Mission of the Jordan Crew
著者
 

歴史はひとに追いつくことがある。それも予想もしない時と場所で。

私と歴史とのかかわりがやってきたのは、2002年の夏、イングランドを旅したときだった。絵のようなコッツウォルズ丘陵を戦史に関心をもつ同僚とドライヴしていたときのことである。第二次大戦の末期に原子爆弾投下の候補地であった新潟が、なぜ、その攻撃目標リストからはずされたか、そのわけを調べられないかと彼が私に尋ねた。そのとき、新潟に移って間もないころ聞いた「あのB29」の話をおぼろげながら思い出した。夜空に真っ赤に燃えていた機体、そしていくつかのパラシュート。この事件が同僚の質問となにか関係あるだろうか、と私は思った。

夏の終わり新潟にもどってから、「B29事件」と新潟が原爆攻撃目標からはずされたこととの間には何の関係もないことを発見した。しかしながら、新潟が広島、長崎の運命を免れたことを説明する文書を探し当ててすぐ、あの謎めいた「B29」について聞いた話が私の好奇心に火をつけた。誰が乗っていたのだろう?彼らはその後どうなったか?半世紀以上たって、しかもあの暗黒時代については語るのがご法度の日本で、外人である私に何か知ることができるのだろうか?

調査は三年の歳月を要し、その間、日本の小さな農村をめぐり、埃をかぶった古い文書をたどり、またアメリカの田園地帯の町々を訪ねることになった。学者たち、あのB29搭乗クルー生存者たち、地元の目撃者たち、元捕虜たち、そして年老いた兵士たちに面会をかさねた。彼らはみな一様に、はじめは警戒心を見せ疑わしげだった。しかし、彼らのこころにいまも消えない違い、戦時中の体験から生じた敵意にもかかわらず、日本の村人たちにもB29のクルーにも、両者に共通なのは自分の話を聞いてもらいたい、覚えていてほしい、わかってほしい、という願いであった。体験を話すにあたり、他と分かち合いたい貴重な事実が各自にあった反面、隠しておきたい恐ろしいこともまた、各人が持っていた。

探偵仕事3年ののち、軍事報告の束、目撃者たちが書いた未発表の原稿、戦闘日誌、米国の情報公開法により最近機密枠をはずされた資料、またB29搭乗のジョーダン・クルー・メンバーの実際の捕獲(とリンチ)のいまだ日の目をみたことのない写真に、私はとり囲まれていた。事件の引き起こした恐怖と混乱の実感が、より鮮明に私に迫ってきた。この出来事の余波は悲惨である。4人のアメリカ人が自らの手で、または激怒した農夫たちによるめった打ちによって、死亡した。事件に関与した全員が何らかのトラウマに苦しみ、生涯にわたる心理的な傷害を負った。B29生存者には激しい敵意が、村人たちのこころには恥の念がつのった。双方ともに、戦争を生き延びたひとたちが真の意味において、生きて故郷へ戻ることはなかったのである。

このように複雑で心かき乱す体験を、どうしたら正当に評価できるだろう。この本にもっとも適したアプローチとして物語形式をとり、B29生存者と彼らを捕獲した村人の双方の見方をできるかぎり真実に、関連づけて述べることに決めた。

この物語の多くの様相がいまだ謎と議論につつまれている。未解決要素は物語としての迫力を増す一方、論議の余地ある部分は私のなかで、かなりの内的闘争を必要とした。戦時下においては、ひとは間違いも起こすし、あとで後悔するようなこともしでかすのは疑いない。インタビューをしながら、私はこの紛争の当事者双方にたいして敬意の念が強まるのを感じ、それゆえに、いくつかの難しい疑問と向き合わざるを得なくなった。この話の様相のいくつかを、登場する人物の家族や子供たちに配慮して、隠すのか。彼らは通常、子孫のために先祖の勇敢な行為を語り継ぐことに関心を寄せるものである。または、センセーショナリズムに堕すおそれがあっても、自分にわかったことは全て書くべきか?プロフェッショナルな距離感を一方で保ちつつ、情緒とのバランスをいかにとるべきか?最終的に、一般人にもたらす戦争の効果を示すため、私は全てを、少なくとも自分が発見した限りすべてを話すべきだと決心した。同時にこの物語は情けをもって語られなくてはならないとも感じた。

ジョーダン・クルー、および新潟に住む人々の勇気なしには、この本は生まれなかったろう。彼らは高齢のため弱りつつも、昔の恐るべき日々のトラウマを呼び起こす力を内にみいだした。多くの場合、彼らのその日々を語るよう家族たちが力づけたのだが、あるもの達にとって、それは、いまだに禁句の話題だったのである。自分の体験を話すという苦しい、そして時には心かき乱す作業のうちに、自らの暗い記憶と折り合いをつけ、家族にとっての「後世までの遺産」として抱きとめることができた人たちもある。

日本の教育者、リサーチャー、歴史家の多くが私の調査にあたり絶大な援助を与えてくれた。彼らは希少価値のある書類、写真、村人たちの回想録や自身の調査活動で行ったインタビュー記録を提供してくださった。メモを共有し、ともに語るなかで、私たちは、ほとんどはすでに亡くなってしまった世代のあいだにより大きな和解があるようお互いが望んでいることに気づいた。私たちはまた未来をも視野におき、両国の歴史で両者ともがあまりにしばしば繰り返すテーマ、戦争と暴力という無駄なサイクルを、この悲劇の物語を記録することによって、僅かな時であれ、どうにか壊して他の命につなげられたらと願った。「Field of Spears」は半世紀の昔におきた事件を物語るだけの本ではない。歴史の歯車が再び回転するなかで、この本は、今日の私たちに影響をおよぼす人権問題について深い洞察を与え、また安全な高みから怒れる暴徒たちの武器のなかへと落下するとき、何が待ち受けるか、現代の兵士たちへ血も凍る注意を喚起する。
 

著者は新潟国際情報大学、英米文化学教授である。

Field of Spears は以下のいずれかのサイトで購入できます。
http://www.paulowniapress.co.uk/books/Field_of_Spears.html

http://www.amazon.co.uk/Field-Spears-Last-Mission-Jordan/dp/0955558212

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