元捕虜たちへのメッセージ
皆さんを援けようと真摯に努力した政府

リンダ・ゲッツ・ホームズ

日本軍の捕虜として毎日を飢えや病気に苦しんだ元捕虜たちに、60年後とはいえ、少しは慰めになるかと、いまになって分かることを知らせたい。彼らの本国政府は、食糧の補給、薬品など、収容所内の捕虜たちが補給品を得る手だすけをしようと懸命な努力をしたのである。収容所はビルマからタイ、満州、台湾そして北海道などまで分布していた。米英蘭の各政府は苦境にある自国捕虜たちに補給品を届けようと切望し、スイス銀行が運営する秘密基金への振り込みをも快諾した。この基金からスイス銀行は日本政府が管理する銀行へ直接に定期的な入金をした。こうして第二次大戦のなかでも実にユニークで、しかも悲劇的な話しがうまれたのである。  

日本軍の飛行機によりパール・ハーバーが爆撃されて、連合軍各国政府による宣戦布告のきっかけとなって程なく、タイの駐米大使が米合衆国に留学していたタイ人学生全員に召集をかけ、マサチュセッツ工科大学(M.I.T.)に送り込んだ。そこで彼らはわが国の戦略事務局(OSS 訳者註:CIAの前身)担当者により訓練を受けたのち、急遽、タイへ連れ戻された。彼らに与えられた任務は、泰面鉄道建設現場にできるだけ近い村々に入り込むことだった。そこでは、668人の米捕虜を含む60,000人の連合軍捕虜が、密生したジャングルに鉄道を建設するという、ほとんど不可能に近い日本帝国陸軍任務のため、奴隷労働に使役されていた。16,000人の連合軍捕虜が命を失うことになったプロジェクトである。バナナを売りにくる現地の若者たちがいたが、そのうちの数人が、悪名高いこの路線工事一帯の絶望的な状況を連合軍政府に報告していたとは、捕虜たちは知る由もなかった。 

タイ人目撃者たちの報告がひきがねとなり、1943年も押し詰まるころ、米英蘭の当局者たちのあいだで、捕虜たちが置かれているおぞましい状況を何とかしなくては、わずかばかりの握り飯に補食をしなくては、と緊急の話し合いがはじまった。 そこで大胆なアイディアがうまれた。連合軍3国政府がスイス国立銀行に極秘救援基金を設置し、そこからアジアにある支店すべてに入金をし、スイス赤十字の職員がいわば現地で引き出せるようにする。彼らが早急に食物、薬品、衣類を買い整え、直接に捕虜収容所に配達するという案であった。当初、基金はこの鉄道建設現場にいる捕虜たちのためであった。しかし、やがて、日本軍占領地域と日本本土、全ての捕虜と民間人抑留者収容所をも含むということで同意ができた。 (訳者註:泰面鉄道は1943年12月に完成した。)単純明快な人道的努力とみえたのだが、日本政府は、その金を途中で押さえこんでただ溜め込み、飢えている捕虜と抑留者には手が届かぬようにやりくりし、この計画をいまいましい悪夢に変貌させてしまったのである。第二次大戦中、これ以上にあこぎなやり口をほかに探そうとしてみても、みつけることは難しい。

1944年のはじめ、連合国諸政府とスイスのあいだですべて話し合いがすすみ、日本政府はこの後、日本軍占領地域にいる捕虜および抑留者のための金はすべて東京経由で、日本政府が勝手にきめるレートで横浜正金銀行に入金されなくてはならないと宣言した。1944年8月1日、救援基金の詳細が最終的にスイス銀行と日本政府高官とのあいだでつめられ調印された際、日本側は、スイス側の要求どおりに金を払いだす約束のもとに、その基金に蓄財されたものも横浜正金にいれるよう主張した。

ところが、ナチスでさえしり込みするほどの行動にでた日本政府は、ジュネーヴの国際赤十字委員会(ICRC)とアジア諸国にいる同委員会職員とのあらゆるコミュニケーションを断ち切ってしまったのである。そのためスイスも、連合国も、戦争がおわるまで、実際にはどれだけわずかしか救援物資(赤十字の箱もふくめ)が収容者にわたらなかったか知らず、さらに、スイス人職員たちの居場所さえもつかめなかったのである。ここで問題にしているのは僅かな金額ではない。米英蘭はこの極秘のスイス銀行口座に毎月の入金を忠実に続けていたから、 基金はやがて戦争末期には9千8百万スイス・フランになっていた。米合衆国は6.2百万ドル、今日の価格では5千500万ドルを上回る寄金を入れていた。そして米国財務省が二度とこの金をみることはなかった。

その間、日本政府はこれら基金蓄財により生じる利子を自分の望む目的のため自由に利用した。また救援金のなかから相当額を費やし、スイスにある鋳物工場へ海軍船用の大砲数台の注文をした。注文品が間に合うより先に戦争が終わったのだが、日本側による基金の流用、そして注文へのスイス側の快諾は、まぎれない事実である。

この策略で大変面白いと思えるのは、日本の外務大臣、重光葵さえ、自国政府がすでに横浜正金に対し救援金の凍結を指示していたことに気づいていないと見えることである。1944年、11月13日、米軍情報部の暗号解読者たちは、この基金の存在について質問してきたサイゴン駐在員 へ送られた重光からの回答暗号文を傍受している。2枚にわたる回答文のなかで重光は基金についてなされた取り決めを詳細に説明し、最後に次のような指示を与えている。この同意事項についての詳細は関係者以外には内密であり、これが漏れることのなきよう注意すること。この同意事項の実行が支払いの遅延によって阻止されることのないよう、さらにまた注意すべし。

戦争が終結すると、未使用の大金は発見された。日本軍によって捕獲された何千人という捕虜、抑留市民のはてしない苦しみと死を許すこととなった約定不履行の行為であるが、日本政府はただ軽い咎めだてだけで逃れたように見える。横浜正金銀行の資産が清算されたとき、救援基金のうち2万スイスフランについては、使途不明で消えていた。1951年の日本との平和条約協定に従えば、基金の残金は国際赤十字に償還され、捕虜たちの戦後の生活を慰め快適にする目的で支出されるよう、国民が日本軍捕虜となって苦しんだ連合軍諸国に支払われることとなっていた。英国政府はその 入金額の殆どを取り戻したが、見受けるところ、返還金はそのまま国庫会計にいれられたようである。

国際赤十字委員会は、民間人は身元確認できる通し番号を持っていないため、軍事捕虜のみが支払い金分配を受けるべきだと勧告した。同委員会は連合軍関係諸国にたいし、何人の国民が捕虜となったかの数字を提供するよう求めたので、基金による分配金支払いは数年遅れた。インド政府は正確な数字を把握することができなかった。最終的に赤十字国際委はインドにおよその数の提示を求め1958年にようやく支払いが行われ、比率によって残金の分配がなされた。

国民が日本に捕えられ苦しんだ連合軍諸国のうち、米国のみはこの支払いの分け前を受けることを辞退した。おそらくこれは1948年と1952年の戦時賠償請求法により、米国の日本軍元捕虜は1日1ドルを拘禁中不足した食事費として、また後に苦痛、辛酸、強制労働について1日、1.5ドルを割り当てられていたからであろう。他の国では戦後、該当する国民に同趣旨による配分金が支払われたことなないようだ。

米国の国家安全保障機関は1996年の終わりごろ、戦時中傍受された、日本の外交および軍事暗号文のうち、300通を初めて公開した。重光外相の1944年11月の暗号が私の目に留まったのは、太平洋で収監されていた捕虜たちに関する戦時連合軍の秘密基金 の存在を噂として聞いていたからである。私はスイス国立銀行と東京三菱銀行(横浜正金銀行を継承した銀行)の両頭取に手紙を書き、その基金がどうなったかを尋ねた。スイス銀行から詳細な回答を受け取り、その後、東京の銀行から、基金によせられた各国からの寄金の額、そしてやがて国際赤十字委員会から支払われた額との完全な清算書を受け取った。私の発見がAP通信から配信され、私が書いた記事が豪の新聞、オーストラリアン紙に発表されると、とりわけ英国とオランダの元捕虜たちは憤激した。これは、自国政府による分配金配布が1951年の協定どおりに行われていなかったからである。その結果、英、蘭、豪、カナダ、ニュージーランド、ノルウェイ、シンガポール、それにマン島の政府までが、太平洋戦線での元捕虜生存者にたいし、無税措置をほどこした2万ドルから2万4千ドルの任意の支払いを、遅まきながら行った。米国政府のみは、これをしていないが、その努力がなかったわけではない。2003年と2006年、議会において案件は可決されたのだが、大統領府からの要請で歳出予算から削除されたのである。

日本政府、そして企業については何というべきか。彼らは、援助のためにスイス人職員が捕虜収容所に接触することを拒否した。各収容所に届けられた赤十字箱を、捕虜たちに配布することを拒んだ。自分たちが調印した協定に違反し、スイスを通じて連合国から寄せられた救援基金をブロックした。戦時中、賃金について自国政府の命令はありながら、白人捕虜たちへの労働賃金 の支払いもしそびれたままである。補償の申し出は皆無、謝罪はなし、眼に余る戦時の行動について、認めもしない。これでも我々の同盟国とは!

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リンダ・ゲッツ・ホームズ女史は、太平洋戦争を専門とする歴史家で、米国政府の、ナチ戦争犯罪顧問団および日本帝国記録合同作業部会のメンバーである。

この戦時救援秘密基金の詳細な会計報告と付随書類は、彼女の著書、Unjust Enrichment(スタックプール出版社より2001年刊行)の11章に掲載されている。

 

ホームズ氏写真 (Ms. Mary Ellen McGayhey 提供)