アメリカの友人への手紙

60年目の「シベリア抑留」 日本は老兵と正義を見殺しにしている

池田幸一 

エブラハム・クーパー師の控え目な、その実内容の厳しいメッセージ、「
60年目の退役軍人の日:日本はバターンの生存者に謝罪をするだろうか」に促されて、ひと言述べたくなりました。それは、私が前大戦の捕虜の一人であるからです。

60年前の貴方がた「退役軍人の日」には、私たち関東軍の兵士らは飢えと寒さのシベリアで、奴隷のような重労働に喘いでいました。停戦後天皇の命令により銃を捨て、2年乃至長きは10年余に及んだ「シベリア抑留」のためです。その数60万 、死者は6万ともまた10万とも言われる事件の、私は被害者であります。

人類の英知により、近世以来捕虜の扱いは寛大を旨として人類愛を以って遇されるのは、国際法などで定められたことです。しかし、憎しみの坩堝のような戦争の最中では、美徳を発揮するのも容易なことではありません。ましてや人道後進国であった軍国日本やスターリズム下での対応は、言語に絶する酷いものでありました。ソ連で私が蒙った体験から、元米兵捕虜諸氏の憤りと訴えは身に滲みて共感することができます。

私もクーパー師と同じく2003年の春、東京を訪問したレスター・テニー博士とご一緒しました。そして、戦時中奴隷労働を強いた三井鉱山を訴えた博士の次の言葉に、感動したのです。「和解には赦しと責任のどちらが欠けても無意味である。もし日本政府と企業が迫害の責任を認めるならば、私は赦そう。」 

この人や私が蒙った苦痛と屈辱とは、そう簡単に赦す気になれるものではありません。しかし許さなければ彼自身が救われない、また私自身も、いま国と和解しないことには、心和むことなく人生を閉じなければなりません。この仏教でいう「弥陀の本願」に通ずる博士の呼び掛けは、そのままが私の心になりました。

太平洋を挟んだ両国元捕虜の求めるものは、クーパー師の言にもあるとおり 「責任と名誉の回復であり、人道に反する扱いをした者たちがその責任を認め、悲劇の歴史に両者のために名誉ある終幕を引くこと」であります。

私も同じ思いで、抑留中の血と汗と涙の結晶である労働賃金の支払いを求め1999年、日本国を相手に裁判をおこしました。しかし残念なことに、日本企業を訴えたテニー博士の訴訟と同じく、日本政府はそれを退け、裁判官もそれに同意したのです。

でも、ここには二枚舌の疑いがあります。といいますのは、私たちは、1956年の「日ソ共同宣言」でソ連への全ての請求権を放棄した日本政府が私達に補償すべきだとして、訴訟を起こしたのですが、日本政府は私たちシベリア捕虜に対して、放棄されたのは日本政府が持つ請求権のみであり、君たち個人の請求権まで放棄したわけではないと、長い間言い続けてきたからです。ところがアメリカの捕虜訴訟では、日本政府は被告日本企業の味方をして、平和条約で、(元捕虜などの)個人の請求権を含めた日本に対するすべての請求権を放棄して貰ったから、企業が元捕虜に支払う責任はない、と言うのです。つまり正反対のことを言って、内なる捕虜にも外なる捕虜にも両方ともに支払わないと言うのであります。

私とテニー博士が蒙った屈辱と苦難は良く似ていますし訴える趣旨も同様ですが、大きく違っているのがその相手であります。テニー博士は当然のことながら迫害を与えた抑留国の日本ですが、私たちは、ソ連ではなく愛する祖国の日本を相手に戦っています。シベリアでの辛さよりむしろ祖国の冷たさ酷さの方に腹が立つ、この複雑な相克は深刻です。

    

   池田氏が収容されていたウズベックスターン・アングレン収容所跡地(1976年池田氏撮影)

その「シベリア抑留」がどうして起こったのか…。申すまでもなく「ポツダム宣言」を無視して日本兵を拉致したスターリンの暴虐によるもので、60万の労働力をソ連の国土復興に投入するための暴挙でした。これは事実上の役務賠償であり、この犠牲はまた国体護持(天皇助命)の人柱でもありました。賠償である以上 ソ連は、賃金を払う気は全くなかったのです。双方暗黙の了解のうちに成立した1956年の「日ソ共同宣言」第6項で「すべての請求権 を相互放棄する」するとして、手が打たれました。

従ってソ連は、法的に捕虜への債務を免れましたが、人道上の負い目はさすがに良心を揺さぶり、ゴルバチョフとエリツインの両首脳は日本国民の前で「シベリア抑留」の非を認め、遺憾の意を表明して深々と首を垂れたのであります。かくしてロシアは1ルーブルの償いもせず、陳謝だけで済ませたのです。

それにしてもソ連(ロシア)の非道と狡知は聊か度が過ぎてはいないでしょうか。軍国日本のために甚大な被害を受けた各連合国、特に主戦の貴国やアジアの国々が、史上まれに見る寛容の精神で賠償を棒引きにし、固有の領土をも保全して呉れた温情の中で、僅か旬日の介入だけで樺太、千島を取り、あまつさえ北方四島まで占領しました 。その上「シベリア抑留」による8兆円は下るまいという莫大な利得を独り占めした強欲は、目に余る不条理と申せましょう。この専横は、サンフランシスコ条約の第26条で、「日本国が、いずれかの国との間で、この条約で定めるところよりも大きな利益をその国に与える平和処理又は戦争請求権処理を行ったときは、これと同一の利益は、この条約の当事国にも及ぼされなければならない。」 と定めた最恵事項に、抵触の疑いがあります。

日本政府は、「これによりソ連が大きな利益を得たのは事実でありましても、法的にわが国としてこれを賠償の一つの形態として認めることはないわけであります。」と、答弁しています。わが国がシベリア捕虜に労働賃金の支給を頑なに拒否する理由は、ここにあります。応ずれば労働の事実を認めたことになり、ソ連への役務賠償が法的に成立して、各国の賠償要求に火を付けるからであります。

事実がどうであれ法的に尻尾を掴まれなければそれで良い、良心や道義などの奇麗事や人道人権主義にも目を瞑って横を向く、この恬として恥じない邪悪はいったいどこから生じたものでしょうか? 私は祖国の名誉のために弁明したいと思います。この国が正しいこととそうではないことの判断が出来なくなったのは、そう古いことではありません。極東の小国たりとも、古来から道義を重んじ節操の高い民族でありました。昨年は日露戦争100周年の年でしたが、当時はサムライの武士道が生きていて、捕虜の扱いでは世界一立派であると各国の絶賛を浴びています。それが一転して悪くなったのは悪しき軍国主義のせいで、その残渣がいまに残っているのであります。

法律にさえ触れなければ、また法網をうまく潜り抜ければ安泰と、この功利主義から目を覚ますことが最も大事です。法的にどうであれ良心に立ち返り、胸に手を当てて考えることです。過ちは謙虚に反省し、赦しを乞い、誠意ある償いを急ぐこと。100年前の誇り高い日本人に一日も早く戻ることです。

テニー博士の訴訟の元になったカリフォルニャ州ヘイデン法は、結果としてアメリカ国務省の介入で充分に機能しなかったようです。一方米政府の仲裁は、ドイツ の奴隷・強制労働訴訟に対しては見事な成果を挙げました。しかし、被害者への補償と次世代への歴史教育を目指した「記憶、責任、未来基金」の創設という義挙は、クリントン大統領の尽力もさることながら、被告ドイツの、法的責任ではなく道義に基づく対応が実を結んだものと思います。従って悪いのは「ヘイデン法」ではなく、裁かれる者(日本企業と政府)が、ドイツと同様の道義心を持っていなかったということであります。

クーパー師はまた 民主主義国になった日本が、前身である軍国日本の人間の規範に悖る行動があったことを、”他のアジアの犠牲者の誰にもきちんと謝らない日本の態度” を指摘しています。日米捕虜の訴えを無慈悲に拒み続ける者が、まさにご指摘の勢力であり、靖国へ大手を振って参拝する者もこれであります。彼たちこそ戦後60年をしたたかに生き延びた軍国主義の残党で、いまや憲法を改悪して夢よもう一度を企む分子であります。

もうお判りかと存じますが、私や貴方がたの望む赦しを拒み、犯した罪を忘却の彼方に埋葬しようとする者は、日本の中枢にはびこるナショナリズムであります。靖国の戦犯を賛美し、過去の罪業に目を塞いで一切の償いを拒否する邪悪であります。

私たちの多くは老い、時間も金銭も乏しく非力ですが、幸い支えてくれる市民を持っています。草の根といわれる人々ですが、この破廉恥な国にあって心から内外の戦争被害者を支援し続けています。日本が辛うじてかつての被害者たちと友情を繋いでいるのは、この良心派の献身的努力のおかげだと思います。

結論を急ぎましょう。私たちは次のことに力を注いでいます。

1. ロシアへの主張…来るべき日ロ平和条約には「シベリア抑留」の非を改めて謝罪し、その貢献に報いる心の証として、北方四島を即時返還すること

2. 日本への要求…「シベリア抑留」60万の犠牲を踏み台に、北方四島の即時返還を強く主張すること。そのためには受難者に対し、未払い賃金に相当する補償金を給付すること

私たちの仲間は韓国にも中国にも健在でともに戦っていますが、目的を一つにするアメリカの諸氏とも連帯し、共通の不徳漢に共通の申し入れを行い、宿願 である正義の実現を図りたい。クーパー師の仰せの通り 日本の中枢に一瞬倫理感覚を澄まさせて誠意ある謝罪と戦後処理の徹底を要求したいと考えます。

今からでも遅くはない。新しい年が、貴方たちを歴史のうちに特別の場を提供する年でありますよう・・・・


池田幸一氏は、シベリア立法推進会議の世話人