ADBC (元日本軍捕虜米兵) 大会参加を前に

石丸賀久

僕はこれまで、米軍に従軍した数多くの人々に会いました。彼らは、日本国内の米軍基地である横須賀、岩国、沖縄などで体験したことを話してくれました。去年は、ベトナム戦争で戦った元兵士と会いました。僕は、ベトナム戦争がどんなものだったのか、そして彼がそこでどんな思いを感じたか、尋ねてみました。彼は「戦争は全て悪だよ。ベトナム戦争も他の戦争と同じだ」と答えました。僕は、「全ての戦争は悪」という言い方を何度も聞いたことがありましたが、彼の心からの言葉にとても感動しました。

僕の祖母は、第二次大戦で兄を失いました。僕は中学生の頃、祖父母の戦争体験について聞いたことがあります。彼らは僕に少し心を開いてくれ、防空壕や彼らの故郷の都市部を攻撃した敵機のことなどを、話してくれました。僕がもっと詳しく教えて欲しいと尋ねると、彼らは戦時中小学一年生だったので、あまり詳しくは覚えていない、と言うのでした。祖父は、僕にそれ以上第二次大戦の話をしないまま、去年他界しました。

当時6歳或いはもっと幼かった彼らが、第二次大戦のことを理解し、僕に詳しく話すことができなかったことは、理解できます。また、よい思い出ばかりでなく悪い思い出を辿るのは、彼らにとってつらかったのかもしれません。

でも、戦争体験ということに関して言えば、祖父母と僕の間には大きな違いがあります。それは彼らは戦争を体験し、僕はしていないということです。僕は今22歳で、これまでの人生の大部分を日本で生きてきました。戦争という差し迫った危険に晒されたことは一度もありません。

これは、僕と同年代の日本の若者全体にあてはまることです。僕たちの世代は戦争を体験したことがありません。僕たちの両親の世代も戦争体験者ではありません。僕たちの祖父母の世代には戦争を体験した人々がいますが、自分の体験として語れるのは70歳以上の人々だけです。でもそれらの人々は往々にして、戦争体験を話すことを躊躇し、僕たちもどちらかというと尋ねるのを怖がってきました。でもこれらの人々がいなくなったら、彼らの声はもうすぐ永久に失われてしまうのです。

もし祖父母の世代が彼らの戦争体験を語らないままいなくなったら、誰が実際の戦争体験を僕たちに教えることができるのでしょう。誰もできません!

第二次大戦世代で、自分の視点から本を書いている人々もいます。僕たちは、それらの本から学んだことを、次の世代に伝えることができます。それらの本は彼らのメッセージであり、国境を越え普遍的な価値を持つことはできると思います。

でも僕の意見では、日本の第二次大戦世代は、彼らが学んだことを次世代に伝える仕事をよくやったとは思えないのです。彼らが戦争からあまり学ばなかったのではないかという僕の観察は、戦後めざましい復興を成し遂げた彼らの成功を僕が尊敬しない、という意味ではありません。ただ、戦争の歴史に正面から向かい合うという組織だった努力がなかったために、いくつかの事実が国粋主義的な思想から歪められてきたように、見えるのです。そのようにして歪められた事実は、そのまま次世代に引き継がれます。その結果、日本と隣国の間の対話が困難になってくるのです。結果的に、日本の第二次大戦世代が将来の世代に残すものは何なのでしょう。戦争なのか平和なのか?

祖父母の世代が僕たちの父母の世代に真実の歴史を語り継ぐ責任があったように、僕たちの世代は子供たちの世代にそうする責任があります。

体験を教えてくれなかったと高齢者を批判するのは、手厳しすぎるかもしれません。彼らは、新しい人生、心の平安そして平和な日本を築くために、戦争の過去を忘れることが必要だったのかもしれません。いまだに戦争の事実と向かい合う気持ちになれない人々もいるのではないかと、想像します。でも僕は、高齢者と若者が誠意と勇気を持ち、事実を究明し理解することができると思うのです。どちらのグループも今のところ、歪んだ事実をそのままにしているように見えます。

靖国神社の遊就館博物館は、次世代に間違ったイメージを伝える目的で歪んだ過去を展示する典型的な例のようです。僕はアメリカに来る一年前にその博物館に行ってみたのですが、その理由は、遊就館が日本の歴史を学ぶためでなく日本の国粋主義を学ぶのによい場所だと聞いたからです。それは、戦死した日本兵の霊を慰め、訪問者に真の日本近代史を発見してもらう目的で建てられました。

入り口には実際の戦争で使われた日本の戦闘機が展示され、国粋主義の扉へと僕を誘いました。映画 「私たちは忘れない」を観ました。この映画は、靖国神社の国粋主義的視点からみた日本の歴史を紹介し、戦争と日本を賞賛し、戦争中の暗い出来事は無視していました。

日本に都合のよい事実だけを紹介していました。日本軍による中国人の殺戮として悪名高い南京虐殺については、本当に小さい展示で、最初にそこを通ったとき見過ごしたほどです。この事件はアジアの多くの国で、歴史的に重要な出来事とされてきました。それを無視することは、遊就館が目指すという真の日本近代史の発見に反することだと思います。日本人は、それについて議論することを、避けるべきではありません。、僕は、日本の歴史に興味を持つ十代の若者や外国人を含む訪問者に、日本の国粋主義を押し付けるため、博物館が悪用されていると感じました。

博物館内の展示物を見ながら、僕は、戦争が理想化されていることに恥ずかしくなりました。戦争というものは、人類が繰り返してきた最悪の行為であり、決して繰り返されてはならないと信じます。遊就館は、戦死した多くの日本兵の写真を展示し、戦争を称えてさえいるのです。多くの外国人訪問者が展示を見ていましたが、遊就館が示す国粋主義を前にして、彼らがどんなことを考え感じているのかと思うと、僕は恐ろしくなりました。彼らは、これが日本人全体の戦争観であり、遊就館が証明しているのは、日本人が戦争から何も学ばなかったということだと、思ったのでしょうか。もしそうであるなら、僕は本当に恥ずかしいです。

日本の総理大臣は、遊就館を所有する靖国神社に参拝しています。靖国神社にはA級戦犯も合祀されていることから、外国人は、日本の総理大臣の参拝を日本の国粋主義の復活と見る傾向があります。彼らはそれを見て、彼らが抱いていた平和な日本というイメージを変えてしまうかもしれません。

総理大臣は、捕虜収容所跡地やドイツのホロコースト博物館やアメリカ国内の墓地を訪問し、日本と戦った兵士をも、追悼すべきだと思います。日本人は「昨日の敵は今日の友」という言葉を持っています。僕は、日本人にはかつての敵を敬うという文化があると思います。でも、これまでのところ、そのような文化の側面を日本人は示していません。それが僕を失望させるのです。

僕は、先入観にとらわれず、観念的でなく、歪められていない真実を知りたいと思います。若者と高齢者、日本と他の国々の間に、そのような真実に基づいた架け橋を作り上げることなしには、理解も尊敬も育たないでしょう。僕たちは真実を必要とし、そのために高齢者の支援が必要なのです。

ウエブサイト「捕虜:日米の対話」は、日本軍の捕虜だったアメリカ兵の声を学ぶのによい手段だと思います。そこに掲載されたエッセイを読み、彼らが本当に自分の体験と事実を人々に伝えたいと願っていることを、知りました。特に、元捕虜の方々が、戦後も引き続き、肉体的にだけではなく心理的にも苦しんでいることを知り、衝撃を受けました。僕は、捕虜が味わった体験とそれが彼らにもたらした影響について、完全に理解しきれていない自分を認識しました。

日本軍の捕虜だった方々とひざを突き合わせて語り合ってみたいと思います。捕虜としてのつらい思い出にも拘わらず、前向きに体験を語ってくれる人々に会ってみたいと思います。真実が、僕を待っていると信じます。

でも真実を発見することは、もちろん、僕の長い旅の最初の一歩に過ぎないのです。それは、捕虜の体験を直接聞く機会を僕が貰えたことを、意味しているだけです。このような機会を与えられる日本人の若者は多くはありませんので、それを与えられたことに感謝すべきだと思います。そして僕は将来、発見した真実とどう向かい合っていくべきなのか。それを考えるのが僕の課題だと思います。
 



ADBC 大会でバターン死の行進生還者のジム・マーフィー氏と


石丸賀久氏は、ネバダ大学で国際関係論を専攻しています。将来は、ジャーナリズムの分野か、メディアリテラシーの普及に貢献する教育分野で働きたいと希望しています。

* 石丸氏の、ルイビルで開かれたADBC総会参加は、ドロシー&クレイ・パーキンスご夫妻からのご支援により可能となりました。