大嶺捕虜収容所

広島捕虜収容所第6分所、大嶺捕虜収容所には、300人近い米兵捕虜が収容され、うち8人がそこで死亡しました。
 



ベン・スティール氏 が大嶺で描いたスケッチ

(日本の炭鉱での外仕事は、つらいものだ。日本人は線路の路盤を作るために山肌を切り開く。捕虜は平らな台車に大きな岩を乗せ、それをいっぱいに転がして、そこに降ろすのだ。)


以下の写真は、解放後に撮影されたと思われます。



写真提供:
Jack Turner 氏
 

                   

     大嶺炭鉱坑口(1945)            同坑口(2005) 写真提供:前川俊行氏
    写真提供:William Hauser family
      Proviso East High Bataan Project
 


8月12日付けの毎日新聞が、大嶺捕虜収容所跡地に建つ記念碑に関する記事を掲載しました。  (この記念碑がある土地は、宇部興産が無料で提供したものだそうです。)