赦すことと謝罪について
ハロルド・プール氏と故デユエイン・ハイジンガー大佐との対話

徳留絹枝

日本人の私にとって、元捕虜から、 日本人がいかに彼らを過酷に扱ったかを聞くことは、決して容易なことではない。しかし、”語りたい”という彼らの願いが、苦々しい思いではなく共有したいという思いに根ざしていることが、私にはよくわかる。

元捕虜と話していて一番つらいのは、彼らが「日本政府も、私たちを奴隷のように使った企業も、一度も謝罪をしていない」と言うのを、聞くことだ。

そんな訳で、私は捕虜問題について書いたり話したりする機会がある度に、日本が捕虜虐待の歴史を認め謝罪をすることの大切さを、訴えるようにしている。元捕虜にそれを受ける権利があり、彼らが実際それを望んでいることを知っているからだ。

しかし、元捕虜やその家族との対話は、時として「赦すこと」と「謝罪」についてさらに深いレベルで考える機会を提供してくれることがある。

元捕虜ハロルド・プール氏

Soldier Slaves (奴隷にされた兵士達)』(詳細)の中で、著者であり対日本企業捕虜強制労働訴訟で元捕虜 の代理人だったジェームズ・パーキンソン弁護士は、ハロルド・プール氏に関するあるエピソードについて書いている。

ある日の午後遅く、ハロルドの義理の息子で僕の親友のワーナーから、電話がかかってきた。彼はいつものように単刀直入に切り出した。「ハロルドが、訴訟をやめると言っている。ヒンクリー司教の本を読んで電話してきて、訴訟をやめると言うんだよ。パーキー、彼と話してみてくれ。」

私はハロルドに電話した。彼は、本当にモルモン教司教 ゴードン・B. ヒンクリーの『Standing for Something 』を読んだところだった。その本でヒンクリーは、赦すことについて書き、全ての悪を戦いや訴訟で正そうとすべきでないと、書いていた。救いは外部からではなく内面からもたらされるものであると教会の指導者は助言していた。キリストの教えは、もう一方の頬も差し出し、汝を悪意で扱った者を愛しなさい、というものなのだ。

人一倍敬虔なモルモン教徒であるハロルドは、その助言を深く心に受け入れたのだ。彼は、遠い昔に既に日本人を赦していた。さらに訴訟を起こしてその問題を突き詰める必要はないと、彼は決心したのだった。

結局は、「訴訟は正義を勝ち取るためである」というパーキンソン氏の説得が功を奏して、プール氏は訴訟を続けることになるのだが、「生きて帰れなかった仲間のためだよ。」 と付け加えている。

このエピソードを読んで以来私は、プール氏に会って彼がどんな人物なのかもっと知ってみたいと、考えていた。最近やっとそれが実現し、ソルトレーク・シティでプール氏に会うことができた。以下は、私たちの対話である。
 

訴訟をやめようとなさった時、何を考えていらしたのですか。

私たちの教会の指導者が書いた記事を読んだのですが、彼は、「赦す」ということは、そこでちょっと赦しあそこでちょっと赦す、といったものではなく、全てを赦すことなのだと、書いていました。どんなことが過去に起こ ったにしろ、人生を前向きに生きるために、そして自分が達成したいと思うことを達成するために、全てを赦さなけれならない、というのです。

私はこれを読んで強烈な衝撃を受けました。もちろん私は、遠い昔に日本人のことは赦していましたので、訴訟に加わったとき、この問題と取り組まなければなりませんでした。

私に限って言えば、「赦し」は既に自分の中に訪れているのです。私は日本人に対して何の悪感情も持っていません。誰かに対して恨みを抱けば、傷つくのは自分だということを、私は知っています。ですから、一番よいのは完全に赦すことだと、気付いたのです。赦し、新しい人生に踏み出し、よい人生を送り、仕返ししようなどとは考えないことです。

それではなぜ考え直して、既に日本を赦されているのに、訴訟を続けたいと思われたのですか。

正義のためです。それが主な理由でした。そのために、今でも努力しています。赦すことはできますが、それでも正義はなされなければなりません。そのためには、訴訟に協力していくことが必要に見えたのです。

あなたは、遠い昔に日本人を赦したと仰いましたが、それでも、日本からの謝罪を受けることには、大きな意味があるのではありませんか。

そうですね。私にとっても私の仲間にとっても。でも私は、「おい、俺は完璧な人間だぞ」とは言えません。私にだって落ち度はあります。自分の人生の中で、自分の行為に責任をとらなければならない時がくることも、承知しています。赦すことは、自分のためにも一番よいことなのです。そしてそれは継続して行われることです。たった一度だけのことではないのです。私は、「赦す」ことのできる人間は幸福で 、よりよい人生を送ることができると信じています。

日本の謝罪についてお伺いしても、ご自分の赦しにお話が戻ってしまいますね

私は、「赦すこと」は名誉ある特権だと考えています。神が与えて下さった特権なのです。

私は恥ずかしがり屋の子供でした。姉妹が5人もいて男の子は私ひとりだったのです。それが今では、400人から500人の学生を前にして捕虜体験を語るのを楽しんでいるんです。この数年は、私の人生のハイライトでした。私の人生には悪いことも起こりました。妻を2度亡くしました。最初の妻とは30年間、2番目の妻とは11年間結婚していました。それでも、私は自分の人生は本当に恵まれていたと、感じています。だって今でもこうして生きているんですから。

私は人を助けるのが好きなんです。それが私の性格なんですね。とても器用で、ハンディマンとでも呼んでくれていいですよ。いろんなことをして、近所の人々を助けるのが好きです。

ですから、私の人生の前半は少し悪かったけど、今はとても幸福です。聖書は、終結は始まりよりよい、と言っています。私は、自分の人生の終わりが始まりよりよくて、とても幸福だと思っています。

貴方に起こったこと―「バターン死の行進」、マラリアで瀕死の状態になったこと、地獄船で日本に送られたこと、そして日本での2年間の奴隷労働―を、「少し悪かった」と表現なさるなんて、驚きです。貴方は、ご自分の体験が綴られた 『 Soldier Slaves 』 を誇りに思っていらっしゃいますか。

その本については、大変誇りに思っています。自分の体験を本に書いてもらえる機会に恵まれる人なんて、それほど多くありません。著者のジェームズ・パーキンソン氏とリー・ベンソン氏には、大変感謝しています。

悲しい物語ですよね。特に終わりが。でも読後感の悪い本ではありません。貴方の人間性を通して、それでも人類愛への希望が持てます。体験を共有して下さり、有難うございました。


プール氏は、「謝罪」にはほとんど言及しなかった。しかし、以下に関連事実を列記しておきたい。

1.1998年、橋本首相がイギリスの捕虜に対して謝罪をした。2005年には、小泉首相がオランダの捕虜に対して謝罪をした。

2.日本の首相が、アメリカ人捕虜に直接謝罪したことは、一度もない。これまでアメリカに関る文脈で日本人高官が捕虜虐待について発言したのは(それでも「アメリカ人捕虜」という言葉は使われていないが)、以下のとおりである。

日本は、先の大戦において多くの国の人々に対して多大な損害と苦痛を与えたことを決して忘れてはおりません。多くの人々が貴重な命を失ったり、傷を負われました。また元戦争捕虜を含む多くの人々の間に癒しがたい傷跡を残しています。こうした歴史の事実を謙虚に受け止め、1995年の村山内閣総理大臣談話の痛切な反省の意及び心からのお詫びの気持ちをここに再確認いたします。

この発言は、2001年に行われたサンフランシスコ講和条約締結50周年記念行事の席で、当時の田中真紀子外務大臣がしたスピーチの、一部である。(因みに、捕虜の日本に対する請求権はこの条約で放棄された。)

3.日本政府は「平和・友好・交流イニシアチブ」というプロジェクトにより、年間40人から50人のイギリス人元捕虜とその家族、オランダ人元捕虜とその家族を、日本に招待してきた。プロジェクトの目的は、”過去に関する誠意あるそして正直な評価を促し、相互理解を推進する”ことである。アメリカ人元捕虜とその家族を対象とした同様なプロジェクトは、存在しない。

4.アメリカ人元捕虜の代表から出されている、日本の首相との面談依頼は、日米の両政府から無視されている。

5.15,000人のアメリカ人捕虜を含む連合軍捕虜に奴隷労働を課した日本企業のうち、これまでその事実を認め謝罪した会社は、一社もない。これらの会社は、三井・三菱・新日本製鉄などの世界的企業であり、麻生太郎外務大臣の家族が経営する会社も含まれる。


最後に、父親が捕虜輸送船(地獄船)上で亡くなった故デュエイン・ハインジンガー退役海軍大佐の言葉を紹介したい。(ハインジンガー大佐のエッセイ


私たちは、友人であった3年間の間に数多くのメールを交換したが、その多くは、赦しと謝罪に関するものだった。

彼は一度 「許しと理解は手を携えて進むもので、どちらの要素も必要です。でも私の場合、一方が欠けていても、他方は独りで進まなければならないんです。」と書いてきたことがあった。

私が、それはどういう意味ですかと尋ねると、以下のような返事が届いた。

 この5月に逝去したデュエイン
 

歴史的出来事に関して有意義な交流をするという文脈の中で、私たち全員の中に、「忘れはしないが赦す」という能力がなければなりません。謝罪がなくてもです。私は、日本の 社会ではこの問題に関してもっと文化的制限や躊躇が働き(今でもそうですか?)、このことを難しくしているのだと、思います。私は、そのようなことの何一つを、悪意を抱く理由にはしません。どんな人に会う時でも、彼らの力の及ばないことによって影響を受けた立場ではなく、公平で同等な立場に立って、その人物に会うべく私は前進しなければならないんです。ですから、悪意は抱きません。ええ、失望はあります。でも悪意は抱きません。それが、「許しと理解は手を携えて進むもので、どちらの要素も必要です。でも私の場合、一方が欠けていても、他方は独りで進まなければならないんです。」と書いた意味です。


2006年10月17日掲載