2010年 「日本POW友好プログラム」
 

9月13日

ジョン・ルース駐日米国大使訪問



ルース大使は、6人の元捕虜の祖国への貢献に対して感謝しました
 

岡田外務大臣訪問

   

「非人道的な扱いを受けご苦労された。日本政府を代表して心からおわびを申し上げます」
                                        
 岡田外務大臣
 

               
    レスター・テニー氏       ジョー・アレグザンダー氏     エド・ジャックファート氏     
      

             
   ロバート・ローゼンダル氏      アール・ザワボ氏        ドン・ヴァーソー氏




ナンシー・クレイグさん         ジャン・トンプソンさん
 

関連ニュース
朝日新聞 9月13日
 「バターン死の行進」外相として初の謝罪 元米兵捕虜に
Wall Street Journal, Sep. 13 “Former U.S. POWs Visit Japan as First-Time Guests”

 

外務省北米局長主催昼食会



梅本和義北米局長主催の昼食会の後 に記念撮影


福山哲郎官房副長官訪問

福山官房長官は、捕虜とその家族に、それぞれ心からの謝罪を表明しました。

                                                                      コインの意味を説明するテニー氏
                 

レスター・テニー氏は、今回の来日中に元捕虜たちが出会う日本人へのギフトとして、自分がデザインした「日米POW友好プログラム」記念コインを持参しました。表面には、日米両国の国旗とプログラムの名前、そして裏面には鉄条網の中に鷲が描かれ、その周りにはバターン・コレヒドールなどの、米兵が日本軍の捕虜となった場所の名前が刻まれています。


                       

このコインは、テニー氏の友人のクレイ&ドロシー・パーキンス夫妻の寄付で製造されましたパーキンス氏に贈られた盾

一行は夜、国際キリスト教大学を訪問し、学生達にそれぞれの捕虜体験を語りました。
 

9月14-15日  


レスター・テニー氏とべティ夫人は40年前にサン・デイエゴの自宅にホームステイさせた田坂徹氏のお墓にお参りしました。

テニー夫妻と田坂氏は深い友情で結ばれるようになり、それが、テニー氏が日本に抱いていた悪感情を払拭することに、役立ったそうです。

田坂未亡人はテニー夫妻を、「パパさん」「ママさん」と呼んでいます。

 


ドン・ヴァーソー氏はお嬢さんのジュデイさんと、かつて強制労働を課された日鉄二瀬炭鉱(福岡第7B捕虜収容所)の門を訪問しました。当時の炭鉱の写真を入れ込んだ石碑がありました。彼はそこで、終戦当時15歳だった池主哲夫氏に迎えれらました。池主氏は、B-29による食料品投下などを良く覚えており、二人は思い出話に花を咲かせました。

 

    

関連ニュース:炭鉱の人情 元米兵捕虜との思い出話に花 
 

ナンシー・クレイグさんとジャン・トンプソンさんは、第二次大戦中多くの地獄船(捕虜輸送船)が到着した門司を訪ねました。
 

       

 

YMCAにあった門司捕虜収容所の隣に住んでいた永木照枝さんが
ジャンさんとナンシーさんに当時の思い出を語りました。

 



ジュディ、徳留絹枝、ドン、ジャン、ナンシー
2人の外務省職員と

 

アール・ザワボ氏とリズ夫人は、強制労働を課された四日市の石原産業(名古屋第5捕虜収容所)を訪ねました。亡くなった捕虜仲間のために工場敷地内に建てられた慰霊碑を見て、ザワボ氏は感激しました。


               (写真提供:福林徹)
 

エド・ジャックファート氏とジョー・アレグザンダー氏は、強制労働を課された昭和電工を訪問しました。彼らは、会社の代表と会うことができました。


                 (写真提供:毎日新聞)
 

毎日新聞 9月17日 元米兵捕虜:「謝罪まで戦後終わらぬ」 
 

ロバート・ローゼンダル氏と息子のベンさんは、別府を訪問し、第二次大戦を体験した市民と交流しました。


 

9月16日

一行は、日本と日本の占領地で命を落とした4万8千人の連合国兵士の名簿を保管している京都の霊山観音を訪ねました。


 

    
                                                          父親クラレンス・ホワイト軍医のカードを見つけたナンシー  
 

                                                           
一行はその後、お茶のお手前を見学し、抹茶を味わいました。

 



テニー夫妻、元シベリア抑留者池田幸一夫妻と再会

9月17日

一行は東京に戻り、藤田幸久参議院議員がアレンジした国際IC議連メンバーとの懇談会に、主席しました。

その後一行は、日本記者クラブで記者会見に臨みました。



私達は、企業からの謝罪を待ち続けています” (写真:共同)
 

一行はその夜、武正公一外務副大臣主催のさよならパーティに参加しました。


 

9月18日

一行は、横浜の英連邦戦争墓地を訪れました。そこには48人のアメリカ人捕虜が追悼されていますが、彼らの多くは、「鴨緑丸」「江の浦丸」「ブラジル丸」での移送に生き延びたものの、門司に到着後すぐに亡くなった捕虜達です。POW研究会の田村さんが、死亡者の名簿を配りました。

            
 

                     
 

午後は、「POW研究会」「捕虜:日米の対話」「元捕虜・家族と交流する会」主催の交流会に一行が参加しました。若い学生の参加者が多く、活発な質疑応答がありました。
 


          

9月19日

一行は帰国の途に着きました。
 

* 米国CNNが2010年9月16日に放映した報告をご覧下さい。
米捕虜は、(自分たちの苦難を)日本が認めることを求めている