ソ連抑留中死亡者名簿

名簿公開を拒む日本政府に元抑留者が抗議

伊吹由歌子


元抑留者・村山常雄さん(81歳)はこの度
懸案を実行に移し、約46,300名を収録した「シベリアに逝きし人々を刻す」―ソ連抑留中死亡者名簿―(村山常雄 編・著)を自費出版した。

 
B5 ,本文約1,000ページ、クロス張りの表紙でケース入り、販売はプロスパー企画:
170-0002
東京都豊島区巣鴨1-21-503 電話03−5395−5325 FAX: 03-5395-5327 URL  http://www.p-prosper.com/       
 

村山さんは2007年3月6日、2006年度の吉川英治文化賞を受賞した。これは「日本文化の向上に尽くし、たたえられるべき業績をあげながらも報われることの少ない個人あるいは団体」を対象とする賞である。

村山さんは、1945年5月旧満州ハルビンで召集され敗戦でソ連軍捕虜となり、戦後約4年、旧ソ連ハバロフスクなどに抑留されて極寒と飢えのなか、強制労働に従事した。49年帰還後は教師となり、1969年、初めて旧ソ連が許可する墓参の旅に参加して、抑留捕虜のまま倒れ現地に埋葬された仲間たちの墓に参った。埋葬地の土饅頭の列を前に、「無名のままの死者は人間としての存在を否定されたまま」であると強く感じた。推定約60万のシベリア・モンゴル抑留者ちゅう、死者総数は約5万5千とも6万といわれながら、数値も、いまだ確定されない。野ざらしで放置されたり、氷にあけた穴に押込み河に流された遺体も多く、東西冷戦中はソ連が抑留死亡者の情報を封印したこと、記録自体の不備もあり、抑留の実態はいまだ解明されていない。

1990年代から旧ソ連は犠牲者の名簿公開を始めた。抑留当時ソ連兵が聞き取った発音をロシア語で表記した名簿が提供され、それを厚生労働省が日本読みに翻訳したため、たとえば「ヒライ・オトゾウ」が「キライ・アタジ」、となるなど混乱がひどい。村山さんは10回におよぶ墓参で墓碑銘の名前を書き写したり、元抑留者がひそかに持ち帰った名簿の提供を受けるなどして漢字名による名簿つくりをはじめた。定年退職後、70歳でパソコンを購入しデータ入力に取り組み、教え子たちの協力でホームページを立ち上げ、 2005年8月、インターネット上で公開した。アイウエオ順で約4万6千人の氏名、死亡年月日、埋葬地などの情報を提供したが、このうち、約7割を漢字表記とすることができた。たとえば「ホタノ・テレネダ」は「浜野照太郎」、「コ(カ)ウニヤ・シュラオ」は「幸田操」と、その人本来の氏名に戻したのである。この公開により、さらに約100件の情報が寄せられ、名簿は1000人近く増えたという。依然 遺族からの問い合わせにも追われる毎日で、「仕事はまだ終わっておらず、受賞は後ろめたい気持ちでしたが、賞をいただくことで亡くなった方々の慰霊と顕彰につながると思うようになりました。」との談話が新聞記事にみえる。

戦友たちを「無名戦士」と虚飾して歴史の壁に塗りこめようとする力に抗し、人間としての存在証明とその無念の死を追悼する願いをこめた作業だった。死者の数を見るのでなく、一人ひとり名を呼び、問いかけ、その声を聞く。そんな真心こめた祈りこそが真の「弔問」、また「慰霊」であり、弔問者自身とそれを含む国と社会の再生を促す力ともなるのではないか、と村山さんは考える。協力した教え子の若者たちが、「それぞれのただ一度だけの人生が刻まれている」名前に接した感想を残し、「自分と同姓のひとに身内のような思いがしてその無念さがより重みを伴って伝わる」と言った者もある。「個人の尊厳を重視する立場に立って、人格に代わるその固有の氏名の表記にはもっとも意を用い、個人の本名たる漢字表記を実現すべく最大の努力」がなされた。

また生年や死亡年月日、とくに個々の犠牲者の最期の地(または最終的な所属あるいは埋葬地)について、地図とともに抑留地の全体構成と配列を統計化し、緯度・経度で示すなど、可能な限り個々の情報の詳細化・具体化をはかった。860余の埋葬地等のそれぞれに一連のコードを設定し、個人とその情報の把握が容易となるよう工夫がこらされている。公開により、今後も多数が参加して名簿の正確さと充実を期し、ウェブサイトが活用されるよう村山さんは願っている:
http://yokuryu.huu.cc/  第一部 名簿のほか、第2部 解説編は本書を編むにいたる動機と経過、シベリア抑留の諸問題と歴史をまとめた著者の文章で構成されている。

1990年の名簿提供につづきその後も、旧ソ連から詳しい個人データも提供されたが、プライバシー保護などを理由に、日本政府は公開せず、混乱ある名簿の整備も行っていない。限定された閲覧が許されるのみで、元抑留者本人、または遺族が本人の住民票、または遺族の戸籍謄本、身分証名証を添えて申し込むと該当部分の抜粋閲覧、コピーが提供される。2006年4月にロシア政府提供の「ソ連抑留者で朝鮮に移送された者」(いわゆる「北朝鮮移送者」約27,000人)に関する名簿につき、厚生労働省は翻訳と整備を終えたとして、死亡者名簿と同じ条件で照会に応じると2007年3月29日発表した。しかし、インターネットなどによる公開は拒否している。日本政府の公開拒否はシベリア・モンゴル捕虜抑留の歴史真相隠しに相当するとして、「名簿についての厚生労働省の取り扱いに関する抗議声明」が、同日即刻、全国抑留者補償協議会(寺内良雄会長)により出されている。  

8月22日(水)午後6時半より、山下静雄さんの画文集「シベリア抑留1450日」と併せ2冊の歴史的労作の出版記念会が九段会館新館一階「九段迎賓館」で開かれる。