寺内良雄氏を偲んで

伊吹由歌子
 

シベリア全抑協会長の寺内良雄さんが1020日早朝、検査入院中の病院で容態急変し急性腎不全で亡くなった。入院2週間程度のつもりであった寺内さんは、18日には平塚光男事務局長へ電話をし、今後の闘いのため意欲をこめて相談をなさっている。栃木県議を511年つとめた張りのあるお声で早口に理路整然と訴えるリーダーだった。バレーボールを愛し栃木県と宇都宮市の同協会にも32年、周辺から国会議員たちをも育て、まっとうに人を愛し大切にした。シベリアに2年半抑留され、帰還できなかった仲間のためにもと事実の検証と継承、人権回復をめざす全抑協の立ち上げに係わり、2003年から会長の重責をになった。


2006年12月の衆院総務委員会で迫力あるアピールをし、今年823日追悼式での挨拶がテレビに流れた。「励ましあい支えあって続けよう」を口癖のように周りを気遣う方だった。1023日の葬儀では、栃木選出の谷博之民主党議員、平塚氏、ボール・パスから教わったという地元JVA協会長が代表で感謝と決意を語った。韓国のシベリア元抑留者組織・朔風会、在日で共に陳情などをしたこともある李鶴来・韓国・朝鮮人元BC級戦犯者「同進会」会長よりの花も飾られ、米捕虜組織「バターン・コレヒドール防衛兵の会」会長のレスター・テニー博士が心こもる弔辞を寄せた。
 

私は最近、自分と同様の体験をした新しい友人を日本で見つけましたが、そのお一人が亡くなったことを知り、心から悲しく思っています。 

寺内良雄氏は、日本政府がシベリア・モンゴル抑留者に対し、彼らの強制労働に責任ある措置を取ることを求めて戦ってきました。それは、バターンとコレヒドールの生還者で作る元日本軍捕虜米兵組織の代表として、私たちの強制労働に責任ある措置を取ることを日本政府に求めてきた私の人生と、大変似ています。

シベリア・モンゴル抑留者もアメリカの元捕虜も、日本政府が私たちの味わった苦しみを認めて責任を取り、二度とこのようなことが起こらないよう、私たちに起こったことを次世代に伝えて欲しいのです。寺内氏も私も、仲間のために同じことを願ってきました。名誉と尊厳の回復です。

寺内氏が、その願いが叶うのを見れなかったことはとても残念です。私は貴方の分まで、私たちに名誉と尊厳が回復されるのを見届けたいと思います。

友よ、やすらかにお眠りください。祖国のためにそして仲間のために、貴方は立派に尽くされました。

Lester Tenney, Ph.D.
National Commander, American Defenders of Bataan and Corregidor, Inc.


今年64日、テニー氏が捕虜組織の代表として来日の折に東京でもたれたシベリア全抑協の方々との会では、日本政府と捕虜使役企業への米捕虜の訴えを聴いてこもごも支持を表明し、互いの捕虜体験を語りあい、元抑留者長谷(ながたに)さんによる桜の絵が理事一同から贈られた。捕虜時代、お辞儀をしないと殴られたテニーさんは寺内さんにお辞儀で挨拶した。「いまの私は、恐怖心からではなく、友情のこころでお辞儀をします。」531日京都での講演会には事実検証と人権回復の裁判続行中のシベリア抑留者お二人が出席しエールを交わした。
                                 
  寺内氏にお辞儀するテニー博士
 

テニー夫人、寺内氏、長谷氏、テニー博士

日本の元捕虜抑留者とアメリカの元捕虜の出会いは、2002年、大阪の池田幸一さんが徳留絹枝さんを通し、朝日新聞掲載テニーさんの「私の視点」にたいし共鳴の手紙を送ったことに始まる。英連邦墓地で行われる日本人主催の連合軍捕虜追悼礼拝で、2000年にテニーさんと出合った私は、その後、徳留さんから池田幸一さんを紹介された。2003年、私たち教員4人で共訳したテニー著書「バターン 遠い道のりの先に」の邦訳出版記念会には多数の尽力でテニーさんを迎えることができ、折りしも全国から集い東京で会を持った元抑留者の方々も多数参加した。「捕虜 日米の対話」サイトでは池田さんによる記事につづく数編で抑留者の体験と実情を紹介している。

アメリカの友人への手紙 池田幸一

日本の戦後処理:もうひとつの闘い、シベリア捕虜抑留者 伊吹由歌子

日米の元捕虜たちは、捕虜体験に始まる人生の困難をまっすぐに生き抜いてきた。倒れた戦友を思い正義と尊厳の回復を求める不屈の精神、ひとを大切にする愛は共通する。全抑協のニュースレター発送、追悼式、展覧会をお手伝いしつつ、寺内会長の優れた人権感覚と鋭いが暖かい人柄に私は常に敬服してきた。追悼式でお会いした折、印刷・郵送したサイトからの資料を喜び「これからまた、頑張らんといかんね。」と仰って、入院中の仲間を見舞うためリューマチの足を引きずるいつもの歩き方で重いカバンを提げ、トコトコと別れてゆかれた。その言葉を胸に、みなさんの闘いが正しい評価を得る日の一日も早いよう平和と友情の未来を願って努力を続けたい。

        

2008年8月抑留犠牲者追悼の集いで挨拶する寺内氏
千鳥ヶ淵戦没者墓苑
「シベリア立法推進会議」事務局長の有光健氏と
 

* 伊吹由歌子は US-Japan Dialogue on POWs 東京代表